30歳貧困男性がアニメ制作会社で見た深い闇 中国に動画制作を依頼する「海外動仕」とは?

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確かに月収16万円の非正規雇用では、自活したとしても、生活に余裕は持てない。年金受給者である母親との2人暮らしだから何とかやっていける水準である。日々をやりくりするコツについて、ジュンジさんは「とにかく何もしないこと」という。

大学を卒業することや教師になる夢、1人暮らし、付き合った女性との結婚、旅行――。おカネのせいで、たくさんのことをあきらめてきた。ジュンジさんがアニメ制作会社に転職を決めたのは、あきらめてばかりの人生と決別し、希望の持てる未来を描きたかったからだった。

「安定した暮らし」を求めて

アニメ制作会社を辞めた後、幸運なことに以前勤めていたマスコミ関連会社に復職することができた。人間関係にも恵まれ、体調はほどなく回復。そして最近、その会社を再び退職した。以前から断続的に近所の農家の仕事を手伝ってきたことから、本格的に農家に転身しようと決めたのだという。今は時給900円のアルバイトで生計を立てながら、準備を進めている。

最近、もう1つ気持ちが明るくなることがあった。高校の授業で実験や実習を行う際に教師を補佐する「実習助手」という仕事があることを知ったことだ。大卒の資格は必要ないうえに、夢だった教員にも近い。雇用形態次第では農家との兼業も可能だという。安定した暮らしを求めてチャレンジするなら、年齢的に最後のチャンスだと思っている。

ジュンジさんが見切りをつけたアニメの世界。業界で働く人々に取材をすると、必ずと言っていいほど耳にする話がある。日本のアニメの制作費が不当に安いのは、漫画家・手塚治虫のせいだというものである。当時、テレビアニメの制作を切望していた手塚が極端に低い予算で制作を引き受け、不足分を自身の漫画による収入で補填してしまったため、以後、アニメ制作費の相場が低く抑えられるようになってしまったというのだ。これには賛否を含めてさまざまな意見がある。ただ、日本のアニメーターをはじめとした現場の担い手の賃金水準が海外と比べて低いことは事実である。

2010年以降、アニメの制作本数は増加傾向にあり、最近は新作タイトルだけで年間250本を超えるといわれる。ジュンジさんは「今のような大量生産、大量消費という時代はそう長くは続かないんじゃないかと思います」という。彼が再びアニメ業界に戻ることは、ない。

本連載「ボクらは『貧困強制社会』を生きている」では生活苦でお悩みの男性の方からの情報・相談をお待ちしております(詳細は個別に取材させていただきます)。こちらのフォームにご記入ください。
藤田 和恵 ジャーナリスト

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ふじた かずえ / Kazue Fujita

1970年、東京生まれ。北海道新聞社会部記者を経て2006年よりフリーに。事件、労働、福祉問題を中心に取材活動を行う。著書に『民営化という名の労働破壊』(大月書店)、『ルポ 労働格差とポピュリズム 大阪で起きていること』(岩波ブックレット)ほか。

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