「大地震」その時に足りない仮設住宅のリアル 懸念の南海トラフ地震に必要なのは205万戸

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仮設住宅に関する知識がない私も含めたマスコミが混乱を助長した面は否めなかった。それを真に受け、プレハブ建築協会や、住宅業界の最上位団体である住宅生産団体連合会には一時期、連日、街宣車に乗った政治団体が押しかけていた。

一方、建設現場では当初、宿舎や食事など環境が劣悪な中、一日も早い完成を目指して多くの建設作業員が汗水垂らして奮戦していたが、批判者はそれを知る由もなかったのだろう。

仕様についても、国や自治体の指示に基づくものであり、建設業者が勝手に変えられるものではない。一方で、建設途中に風呂の追い炊き機能の追加を指示したり、建設計画を最終的に下方修正した当時の政権の慌てぶりも仮設住宅の建設現場における混乱に追い打ちをかけた。ただ、それは仮設住宅に向けられた被災者だけでなく、国民全体の過剰な期待の表れでもあったと指摘できそうだ。

政府の地震調査委員会は2月9日、南海トラフ地震について、今後30年以内の発生確率を、従来の「70%程度」から「70~80%」に引き上げたと発表した。これは今すぐにでも起こっておかしくないということだろう。

そして、その被害はわが国の有史以来、最大規模になることが確実視されている。そこからの復興は途方もないエネルギーと苦労が求められるだろう。そんな中で、くだらない先入観による混乱は極力避けたほうがいい。

空き家や空室は活用できないのか

「仮設住宅がダメでも、空き家や空室を活用する『見なし仮設』があるから大丈夫ではないか」と考える人もいるだろう。しかし、これとてそう単純なことではないし、もちろん国もたいへん重要視している。

前出の国の自治体に対するアンケートでは、「応急借上げ住宅制度(見なし仮設)」についての項目もある。その中で「同制度に協力する住宅所有者のリストアップを行っているか」について聞いているが、「行っている」は14%の自治体にとどまっている。

このほか、間取りや耐震性、設備、仕様の把握も十分ではないことがアンケート結果から読み取れる。つまり、仮に十分な空き家、空室があるとしても、被災入居者への供給は円滑に行われない可能性があるのだ。

総務省統計局の「住宅・土地統計調査(2013年)」によると、空き家数は全国で820万戸超あり、空き家率は13.5%となっている。このため今、それらは社会問題化し悪者的に扱われているが、災害対策の視点で見ればセーフティネットとなりうる存在でもある。

地震による倒壊・焼失や、津波による流出が想定される地域のそれらは優先的に解消されるべきだが、それ以外の安全な地域では老朽化や危険性が高いものを除き、残しておくことも考慮すべきではないか。そんな、今後の国づくり、街づくりを見据えた総合的、かつ冷静な議論が必要であると考えている。

今、南海トラフ地震が起これば、数多くの被災者が学校などで年単位の長期避難生活を余儀なくされるだろうが、当然、筆者もそうなることは望んでいるわけではない。仮設住宅のあり方について理解したうえでの冷静な議論と備えが、今後起こりうるすべての大災害により一層警戒し、適切に対応する契機になることを願ってやまない。

田中 直輝 住生活ジャーナリスト

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たなか なおき / Naoki Tanaka

早稲田大学教育学部を卒業後、海外17カ国を一人旅。その後、約10年間にわたって住宅業界専門紙・住宅産業新聞社で主に大手ハウスメーカーを担当し、取材活動を行う。現在は、「住生活ジャーナリスト」として戸建てをはじめ、不動産業界も含め広く住宅の世界を探求。

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