なぜ人々は、3Dプリンタに魅せられるのか 何でも自分で作ってみよう、ではない?

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広く一般の人々の手に、産業レベルのツールを提供した功績は大きい。3Dプリンタが人々による「第2の産業革命」を起こすと言われるゆえんである。

モノづくりマニアの快進撃

ペティスは、幼い頃からモノ作りが好きだった。ソフトウエア開発会社を経営していた両親の下に育ったペティスの周りには、ハッカーたちがたくさんいた。中にはティーンエージャーのハッカーもいて、彼らはペティスのヒーローだったという。

後にシアトルで美術の先生となったペティスは、アーティストとして制作活動を続け、自分の絵画作品や写真作品を売ろうとしていた。だが、作品はなかなか売れなかった。

ところがある日、同僚の教師がコンピュータ操作できる工作機械を見せてくれたのである。「こんなことが可能なんだ。デジタルに製造ができるようになるんだ」という大きな驚きがインスピレーションになり、彼を動かしたのである。

2006年に学校の先生を辞めてニューヨークへ引っ越した。そこから、今で言う「メーカー(モノ作りをする人々)」の世界へのめり込んでいく。メーカーたちのメディアとして有名な『Make』誌や、モノ作りのコミュニティであるエッツィーでビデオ制作を担当し、インサイダーとしての存在を極めていく。

それはどんどん自分の好きなものに近づく道でもあった。ハッカーたちのたまり場であるハッカースペース、NYCレジスターを作ったのも、その2007年頃のことだ。

その後、メイカーボットを創設してからまともな3Dプリンタができるまで、2年の歳月が費やされた。出来合いの部品を用いていろいろな試作品を組み立てる。3Dプリンタの仕組みはわかっていたから、ちゃんとできるはずなのに、実際に機械が完成してスイッチを押すとうまくいかない、ということが何度も繰り返された。何百時間をかけてようやく出来上がった3Dプリンタを、テクノロジー会議の「サウス・バイ・サウス・ウェスト」に抱えて行ったのが2011年だった。

火がついたように、人々の熱狂が始まったのはそれからだ。当初、製造したモデルは、買った人が自分で組み立てなければならなかったが、最初の100台は数カ月で売り切れた。

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