五輪実況と「戦時中の標語」には共通点がある 国民に刷り込まれる「単純な言葉」の数々

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ここで、何回かこの連載でテーマに取り上げた日本中に流れる機械(テープ)音、すなわち、「エスカレータにお乗りの際は……」などの注意、依頼、警告、宣伝「音」の問題に触れてみます。これが身震いするほど嫌いなことは、なかなかわかってもらえないし、最近ではもうわかってもらえることさえ期待しなくなった。

と、こうしているうちに、最近、最寄りのスーパ-にセルフ・レジという機械が導入された。人間ではなく機械が精算するのですが、そしてそれは一向にかまわないのですが精算のたびごとに「精算方法をお選びください、現金をお取りください、お釣りとレシートをお取りください」という機械音が流れる。しかも10レーン以上あるレジから同じ音が響き合いまじり合い、生きた心地がしなかった……のですが、みんな平然としている。

私は本社に「スーパーはリピーターが多いので、1度操作すればわかることだから、ある期間が過ぎたら音を止めてほしい」と要望する長い手紙を書きましたが、丁寧な拒絶の返事がきました。

いいでしょうか? 私が問題にしているのは「騒音」ではないのです。わかっていることを、しかも定型的な音と同じ文句で繰り返し言われたくないのです。これは、銀行のATMでも、他のところでも同じ、なんでほとんどの同胞が「いらっしゃいませ、毎度ありがとうございます、現金をお取りください、ありがとうございました」と言われて何ともないのか、わかりません。

認められない「知りたくない権利」もある

生命倫理に「知りたくない権利、あるいは知らずにいる権利(the right not to know)」という概念があります。自分のDNA構造が将来解明され、そこから自分が致命的な病にかかる確率が高いこと、しかも防ぎようがないこと、すなわちかなりの確率で短命なことがわかるかもしれない。しかし、それを強制的に知らされたくはない、そうかもしれないが、知らずにいたい、という、合理的な権利です。

最近は、これを、日本中に流れる「音」の問題にも適用できないものかと考えている。私の自宅から仕事場(哲学塾)までは私鉄で6駅ありますが、「駆け込み乗車はおやめ下さい」という「音」が各駅で2回ずつ、よって往復24回聞かねばならない。でも、私は注意されたくない、「知らされたくない」のです。しかし、ここで「知りたくない権利」は認められそうもない。というのも、ほとんどの人はこれが「なんともない」のですから。つまり、ほとんどの「なんともない人」に支えられた電鉄会社に、私の苦痛を訴えても勝つ見込みはないのです。

しかし、私が知るかぎり、欧米にはこういう「音」は皆無です。とすると、この点で、日本人の感受性と彼らの感受性とのあいだには、じつは考えられないほどの隔たりがあるに違いない、こう考えて、30年研究しているわけですが、いくつかヒントは探り当てました。その1つとして、日本人は、言葉から意味の伝達をあまり期待しないということがある。床の間に意味が解らない(読めない)掛け軸を掛けていても平然としているし、まったく意味の解らないお経を延々と聞かされても異議を唱えない。

源氏物語絵巻を西洋人に見せると、そこに書かれている文字の背後に絵が描かれているわけですが、文字を読みたいのでその絵が邪魔だという苦情が少なくないと聞いたことがある。彼らは、文字が書かれているからには、その意味を知りたいのですが、わが同胞は文字の意味などどうでもよく、流れるような仮名が流麗な絵に溶け込むさまを鑑賞するだけで満足するようです。

こうして、言葉の意味を問うことがないからこそ、街中の「~~~に注意しましょう! ~~するのはやめましょう!」という人をバカにしたような注意放送が何度鼓膜をたたいても「気にならない」。大部分の日本人は音を「のみ込んでしまう」高度な技術を体得しているのでしょうか? 不思議でなりません。

中島 義道 哲学者

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なかじま よしみち / Yoshimichi Nakajima

電気通信大学元教授・哲学塾カント主宰
1946年福岡県生まれ。77年東京大学大学院人文科学研究科哲学専攻修士課程修了。83年ウィーン大学基礎総合学部哲学科修了、哲学博士。専門は時間論、自我論。2009年電気通信大学電気通信学部人間コミュニケーション学科教授を退官。現在は「哲学塾 カント」を主宰し、延べ650人が参加した。著書は『働くことがイヤな人のための本』『私の嫌いな10の人びと』『人生に生きる価値はない』(以上、新潮文庫)など約60冊を数える。

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