恐るべき大器晩成「北条早雲のすごい生き様」

50歳過ぎて無名の武人から戦国武将に急成長

55歳のとき駿河に流れてきて、興国寺(こうこくじ)城(現・沼津市)が与えられます。当時、関東に割拠していた勢力が、下総の古河公方と伊豆の堀越公方、また扇谷(おうぎがやつ)上杉家と山内上杉家でした。

早雲は地味に暗躍するタイプの戦国武将で、伊豆修善寺温泉に宿泊すると見せかけて、スパイを送りつつ興国寺城の部下らを率いて堀越公方を滅ぼし、伊豆一円を支配してしまいました。このとき、早雲は60歳でしたが、単に一国一城の主におさまらず、関東の拠点を制覇しようという壮大な野望を胸に抱いていたのでした。

伊豆国を奪い取った早雲は、韮山(にらやま)城(現・静岡県伊豆の国市)を拠点として活動をします。「次は相模の小田原だ!」とターゲットを決定。小田原城(現・神奈川県小田原市)をどうやって奪い取るか、知恵をしぼりました。

「そうだ、小田原城の城主は最近病死したから、その跡継を油断させて乗っ取ってしまおう」。そう考えた早雲は、またまた直接対決はせずに、リスクゼロパターンの作戦を考えます。

豊富な人生経験が生んだリスクゼロの戦法

早雲は、小田原城の跡継ぎ城主・大森藤頼(ふじより)にいろいろとプレゼントをしながら接近し、相手が油断したところで、相談を持ちかけます。「先日、伊豆の山で鹿狩をやったんですけど、たくさんの鹿が大森様の領内にある箱根方面に逃げてしまいましてね。うちの勢子(せこ・狩人的な人のこと)が鹿を回収したいんですけど、入っちゃっていいですねー」と。大森氏も「おお、大丈夫だよ」なんて軽く快諾。というのも、北条早雲が最初の戦国大名といわれるわけですから、当時はまだ戦国時代手前。リアルタイムの大森氏は「今は戦国の世じゃ」なんて自覚があるわけもなく、スキだらけだったのです。

早雲はさっそく強い若武士をセレクトして、勢子に変装させます。さらに牛を1000頭も用意。夜になると角に松明を結びつけ、山の方から小田原城へ向けて牛を走り出させました。法螺貝を大げさに鳴らして、ものすごい大群が攻めてくるように見せかけたのです。実際は、牛が走り下りているだけのフェスティバルみたいなものですが、小田原城の城兵たちは「敵は何十万いるんだ!?」と大慌て。早雲軍は城下町に火をつけながら、小田原城の大手門まで攻め寄せて、あっという間に城を奪い取ったのでした。

かわいそうな大森藤頼はかろうじて城から脱出。「あのホラ吹きジジイめ!」と激怒したに違いありません。このとき、先頭で自ら戦った北条早雲は64歳でした。この歳で先陣をきって戦うとは並の体力の持ち主ではなかったようです。

次ページリスクを最小限に抑えた老猾な戦い方
ライフの人気記事
トピックボードAD
関連記事
  • ゴルフとおカネの切っても切れない関係
  • 360°カメラで巡る東京23区の名建築
  • ブックス・レビュー
  • 競馬好きエコノミストの市場深読み劇場
トレンドライブラリーAD
  • コメント
  • facebook
0/400

コメント投稿に関する規則(ガイドライン)を遵守し、内容に責任をもってご投稿ください。

アクセスランキング
  • 1時間
  • 24時間
  • 週間
  • 月間
  • シェア
トレンドウォッチAD
脱炭素時代に生き残る会社<br> 独自調査で測る各社の「本気度」

地球温暖化の危機的状況を受け、「エネルギーシフト」の奔流が渦巻いている。日本企業も再生可能エネルギーの調達に本腰を入れ、「脱炭素経営」に舵を切り始めた。主要108社が回答した独自アンケートなどから、生き残りのカギを探る。