手取り15万円で母親を養う30歳女性の苦悩 相談できるような家族も友人もいない

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そして、父親に対する苦言も始まった。父親は自営業者で、仕事関係の人物の連帯保証人になったことで破綻。彼女が中2のときに夜逃げして、自己破産している。夜逃げ後も仕事は続け、家族3人が普通に暮らすことはできた。

「埼玉に来て10年くらいは普通に暮らせていたけど、おかしくなったのは5年前に父親が脳梗塞になってから。後遺症も残らなくて軽く済んだけど、それまでもひどかったけど、母を怒鳴って泣かせるようになった。当たるというか。母親は怒鳴られるのがすごく怖い人で、そのストレスで体を壊した。脳梗塞以降は仕事も続かなくなって、収入もすごく減ったみたい。母親がアルバイトをして補填していました」

仕事を転々としながら、日常に気に食わないことがあると母親に怒鳴り散らす。母親は一貫して我慢する。そういう日常だった。モラハラは収まることはなく、昨年8月離婚を決意。彼女も大きく賛同した。家族に切られた父親は家を出て、現在は隣の県で暮らしている。

それまで暮らしたアパートは、家賃5万4000円だった。細々ながら家族の生活を支えたのは父親だった。母親と彼女は、家賃を下げようと長年暮らした街から離れ、線路沿いのアパートに引っ越した。そして、母親は介護施設の清掃の仕事を始めた。

誰も相談をする人がいない

貧困の中で生きていくためには、親戚などの血のつながり、友達や近隣などの人間関係の助けは必須だ。しかし、彼女は一貫して人間関係を拒絶し、家族を切り、10年以上暮らした地域まで捨ててしまった。すべて悪い方向に向かう選択をしている。さらに“生きるために必要なものを、捨てている”という自覚がまったくない。

母親の健康が失われ、医療費がかさみ、負の連鎖が起こっている。そして、1人ですべてを背負う現在を迎えてしまった。母親を壊した父親と、母親の唯一の雇用先である介護業界を憎み、騒音と振動が1日中続く自宅で、療養する母親と「もう1度、介護で働く、働かせない」とヒステリーに怒鳴りあう日々である。

「母親の仕事は、もう年齢的に介護しかないみたいです。介護だったら月10万円なんとか稼げるかも、って言っています。腰と膝の骨が潰れているし、甲状腺の病気で免疫力も下がっているんだから、とにかく体を大事にしてほしい。なのに、無理して働くって。死ぬよ、殺されるよって言っても、全然聞いてくれなくて。嫌になるほど、頑なです」

片道2時間かけて通勤をしているが、勤める会社の近くに引っ越せないのは母親の病院が近くにあるからだ。

「私、人間が嫌いですけど、老人がいちばん嫌い。どうして老人が気持ちよく生きるために母親が手荒れしたり、潰されたりして、私たちがこんな苦しめられなければならないのでしょうか。そんな仕事しかない世の中とか、本当におかしいと思うし。最悪、一家心中しかないかな、とか考えてしまいます。私が男並みに働けて賃金がもらえれば、きっと生きていける。悩みすぎたけど、今は少し前向きにそう思っています。だから転職とかに目を向けて私が稼げれば、母親に体を酷使させることもないんだって。そう思っています」

話は終わった。最後、離職し、現在の生業を失う可能性もにおわせた。彼女の性格、キャリア、学歴を聞くかぎり、転職で大きく処遇改善するのはおそらく難しい。しかし、人間関係がないので誰も相談をする人がいない。人間関係を捨て、地域を捨て、父親を捨て、そして本当に仕事を捨てることにも踏み切るような気がした。

おそらく、自力では厳しい現状からは抜けだせない。しかし、彼女は人間関係を拒絶している。筆者は、なにも言わないでお礼だけを伝えて、東京に戻った。

本連載では貧困や生活苦でお悩みの方からの情報をお待ちしております(詳細は個別に取材させていただきます)。こちらのフォームにご記入ください。
中村 淳彦 ノンフィクションライター

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なかむら あつひこ / Atsuhiko Nakamura

貧困や介護、AV女優や風俗など、社会問題をフィールドワークに取材・執筆を続けるノンフィクションライター。現実を可視化するために、貧困、虐待、精神疾患、借金、自傷、人身売買など、さまざまな過酷な話に、ひたすら耳を傾け続けている。著書に『東京貧困女子。』(東洋経済新報社)、『私、毒親に育てられました』(宝島社)、『同人AV女優』(祥伝社)、『パパ活女子』(幻冬舎)など多数。Xアカウント「@atu_nakamura」

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