情報化社会で真の知識人は「コミュ障」の人間 角川歴彦×川上量生対談(1)
知識人がコミュ障の時代に、深い知識は表に出づらい
川上:その話はすごく興味深いですね。この1カ月くらい、僕はずっと「インテリって何だろう?」と考えていたのです。インテリには2つの側面があると思っていて、それがちょうど「知識」と「情報」に対応する概念だなと思ったのです。
どういうことかというと、まさに今、知識じゃなくて情報の社会になっているというのを僕なりに言い換えると、知識が情報によってのみ込まれている時代なんです。昔は情報が少なかったから、みんながそれぞれ自分の頭で考えていたけど、今は情報がたくさんあるから、みんな自分で考えなくなっているわけです。何か与えられた知識を借りてきて、それが自分の知識だと開陳する人たちが増えている。だから、学校に提出する作文やレポートも、ググってコピペで済ませてしまう。そういうことが起きるのは、まさに知識が情報にのみ込まれているからだなと思っていて。
そんな情報化社会においても知識人たりうる人はどういう人かと考えると、やっぱりこれは「コミュ障」だなと思っているのです。コミュニケーション障害。要するに、人付き合いが下手な人間なんですよ(笑)。
角川:あ、なるほど、そうくるわけですね。おかしいことを言うのよ、この人は(笑)。
川上:どういうことかというと、プログラムの世界で「バイナリアン」と呼ばれる人たちがいるんですね。バイナリというのは2進数のことで、コンピュータはバイナリデータを処理している。で、プログラミングをしていても、実際このプログラムはどう動いているのだろう、コンピュータはどう動いているのだろう、というふうに根源的な方向に関心がさかのぼっていく人たちがいる。それをこの世界ではバイナリアンと呼ぶのです。
でも、これは別に文系・理系を問わずに起こる現象で、世の中には2種類の人がいます。たとえば、「国債の赤字はよくない」という現実に対して、「なんでよくないの?」と思う人と、「そうか、よくないんだ」とそのまま受け取る人がいる。そのまま受け取る人は他人の「知識」を借りてくる人、「そもそもなんでよくないの?」というところに興味がいく人は、自分の頭で「知識」を生み出す人だと思うんですよね。
こういう人は手を動かさないのです。仕事をしているときも、そのままやればいいのに、根源的なところが気になって仕事にならない(笑)。クリエーターでもそうで、やはり根本に疑問が行く人は、概して優秀なんだけど仕事は遅い。
それと、彼らは発信しないですよね。コミュニケーションできないから。だから、埋没するのです。情報化社会において、知識人がいたとしても、それがなかなか世の中に出て来ない。そういう問題意識が僕にはあります。