突如、敷かれたレッドカーペット
ある朝、私が住んでいるアパートの簡素なバイキングの朝食が、突然、豪華メニューに変貌していました。いつもはないフルーツの大皿には、見た目もきれいなバナナ、オレンジ、キウイなどが山盛り。中国ブランドのヨーグルトはニュージーランドからの輸入物に。チーズもいつもの干からびた安物からスイス製とおぼしきゴーダチーズなどの高級品に。料理の品数や質も格段にグレードアップされていて、思わず頬が緩みます。「オープンしたばかりのこのアパート、ようやくサービス向上に目覚めたのか」とうれしくなりました。
出勤しようと1階に降りると、車寄せから正面玄関を通ってレセプションに至るまで、赤いじゅうたんが敷かれています。そこで「ははーん、今日は中国政府の偉い人か、海外からのよほどの賓客が来るのだな」とピンときました。
ところが、この豪華な朝食、翌日になるとまるでシンデレラの魔法が解けたように、また元の簡素なメニューに戻っていました。ニュージーランド製のヨーグルトはいつもの「蒙牛」製品に、山積みだった果物の大皿はどこにも見当たりません。それと共にあのレッドカーペットも雲散霧消していました。昨日感じた期待感や高揚感はどこへやら、私はすっかり意気阻喪させられました。
顧客の期待値を極限まで高めておいてから、再び現実に引き戻した今回の事件は、「ブランドはこうして崩れ去る」面白い事例だと思い、アパートのサービス担当マネジャーをつかまえて、昨日から今日にかけていったい誰がここに宿泊したのか教えてくれと頼みました。彼は言いにくそうにささやきました。「このアパートのグローバル本社の社長です」。
サービス向上が幻の一夜城作戦だと知った私は、食い下がりました。
「自分の会社のトップを満足させるために、わざわざ普段と違うインチキなアップグレードをしたのですか? 仮に社長さんは満足しても、そんなことをしたら居住者はどう思いますか? あなた方の給料の源は居住者が払う家賃なのですから、居住者へのサービス向上を最優先すべきであって、たった1日泊まる身内のトップをウソのサービスで喜ばせるのは本末転倒で、顧客冒涜でしょう?」。
台湾出身の実直そうなマネジャーは困った顔で答えます。「私もまったくそのとおりだと思うのですが……」。
さらに、「私はブランドコンサルタントですが、これはあまりにも面白いケースです。ブランド内部からの崩壊の実例としてコラムに書きたいのですがいいですか?」とたたみかけると、彼いわく、「私も個人的にはこんなことは許されないと思っています。みんなが事実を知るべきです。どうぞ書いてください」。できればアパートの名前を明らかにしたいところですが、諸々の事情からそれは控えます。
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