日本のサラリーマンが不幸だと感じる理由 純文学者・磯﨑憲一郎氏の好き嫌い(下)

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楠木:今のお話と磯﨑さんの小説とを重ね合わせると、そういう方法で書かれているんだなということが、本当によくわかりますね。なにしろ、いわゆる普通の小説は1つもない。みんなが読んでわかりやすかったというものは1つもありませんよね(笑)。筋がない。時間も空間もどうなっているのかよくわからなくなる。

磯﨑憲一郎(いそざき・けんいちろう)
小説家
1965年千葉県生まれ。早稲田大学商学部卒業。総合商社勤務の傍らで小説を執筆。2007年『肝心の子供』で第44回文藝賞を受賞しデビュー。2009年『終の住処』で第141回芥川賞、2011年『赤の他人の瓜二つ』で第21回東急文化村ドゥマゴ文学賞を受賞。近著に『往古来今』がある。

磯﨑:取材で、「この作品で言いたかったことは何ですか?」と聞かれることが多々あります。その質問は、よく考えると、馬鹿馬鹿しい質問ですよね。たとえば、音楽家に「この曲で何が言いたかったのか」とか、画家に「この絵で何が言いたかったのか」とは質問しないでしょう。それを知りたかったら、曲を聞け、絵を見ろ、という話です。それと同じで、「この小説で言いたかったことは何か?」と聞かれて、簡単に答えられるのならば、それを一行で書けばいいと思うのです。100枚も200枚も長々と書く必要はありません。新聞の記事で、ポイントはこれです、というのとは違うのです。

楠木:確かにそうですね。ペイジのギターソロに対して、今のギターソロにはどんなテーマがありますか、なんていう質問はありえないですね。ま、クラプトンに聞いたら何か言うかもしれないけど。

磯﨑:ペイジのギターソロは20分くらい続いたりしますが、その20分を体験することで生まれてくるものがあるとしか言いようがないんです。新聞記事と同じように、小説も文字で書かれているから、こんな質問をされてしまうのでしょうね。どちらかというと、絵画や音楽に近いのかもしれません。小説も、その分量を読むという行為を通してしか生まれえないものがあるはずです。

楠木:時間の流れが速かったり、緩かったり、変化していくというのは読んでいて感じますね。音楽的であるという話は、読むとよくわかります。

磯﨑:ツェッペリンの『ハートブレーカー』という曲の始まりは、緩い感じで始まりますが、途中から「ターラララ」みたいに急に早くなったりしますよね。それに理由はありませんよね。でもそれ以外の展開はありえない、必然性を感じる、ということと同じなんです。

楠木:ああ、あそこはヘンですよね。中学生だとなかなかわからない。でも、高1になるとよーくわかる(笑)。聴き込んでしまうと、あの曲のあそこではあれしかありえないということになる。

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