箱根駅伝「薄底vs.厚底」靴の知られざる闘い ナイキ驚異のイノベーションが歴史を変える
実際に私も履きました。まず「アブナイ!」と思いましたよ。かかとが厚いのでまっすぐ立つと前かがみになり、勝手に走らされるんです。日本人は薄い靴でぺたぺた走るミッドフット走法に馴染みがありますが、この靴で走ってみると、足の前のほうから着地するフォアフット走法になる。必然的に、全速力で足をさばいていくことになるんです。
私は人生でそんな走り方をしたことがありませんから、この靴では3kmまでしか走れないと思いました。全身の筋肉が対応できないんですよ。つまり、この靴でフルマラソンを走るには、いままで培った自分のフォームをすべて捨てて、作り直さなければならない。それには半年から1年はかかるだろう、と。
ナイキの厚底靴を取り入れた東洋大学の戦略
この靴が箱根駅伝に登場することはないな、と最初は思いました。なぜなら、この靴で箱根駅伝を走るための準備期間が足りないと思ったからです。大迫選手や設楽選手といった日本を代表するトップアスリートだからできることだと。
ところが、2017年10月の出雲駅伝。なんと東洋大学と東海大学の学生がヴェイパーフライ4%を履いていたんです。特に、ナイキのサポートを受けている東洋大学は、下級生を中心にしたメンバーのほぼ全員。
この靴で本番に臨むためには、実際に履いて走って体づくりをしければならない。東洋大学は、明らかに戦略にこの靴を取り入れてトレーニングしてきたわけです。
しかも、下馬評ではあまり良くなかった東洋大学が、突然活躍しはじめた。全日本大学駅伝では、一時は首位に立つほどです。もちろん個々の力も伸びたのでしょうが、この靴とともにトレーニングしてきたことが大きく影響しているのでは……と。
そして、ほかの選手も真似するようになりました。価値観が変わり始めたわけです。箱根駅伝の長距離20kmを59分台で走るために、あの厚底は適した靴なんじゃないのか、と。
――では箱根駅伝でも、多くの選手がヴェイパーフライ4%で出て来る可能性があると?
そうですね。ただ、この靴は両刃の剣でもあります。自分がそれまで積み重ねてきたフォームが崩れますから、誰にでも合うわけじゃない。この靴で試合に出るなと指示した大学もあると聞きました。しかし、選手によっては履いてきますし、1区間20km以上という長距離でも、この靴ならダメージが少ないということがすでに証明されています。
面白いのが、優勝候補と言われている青山学院大学は、ほぼアディダスなんですよね。先ほどの三村仁司さんが考えた走り方の靴なんです。そのために泥臭い練習をずっと積み重ねてきてもいます。
東洋大学は、ヴェイパーフライ4%を取り入れたトレーニングによって、上位食い込みも「あり得るんじゃないかな?」というところまで来ている。ほかの強豪も力を伸ばしてきていますし、今年の箱根駅伝は、どこが勝つかわからないという面白さがありますよ。
これまでは、青山学院大学を止める方法がなかったんです。なにかを誰かが変えないと、止められない。そこに出てきたのがこの靴です。
青学が「青トレ」という体幹トレーニングによって、故障が減り、継続して練習ができることになったおかげで選手が底上げされ、箱根に勝つようになったように、東洋大は、厚底靴に代表される走り方を会得して、故障せずに長く速く走って勝つという方向に向かっているのかもしれない。
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