帥宮……来ちゃった。評判のとおり、カッコイイ! 美しい景色を堪能しながら、2人はいろいろな話をして、少しずつ距離を縮めていく。そこで宮がだんだん焦りだし、入らせてよ!と積極的になる。女性は少し抵抗を見せているものの、並外れた優美な様子を見て心の堰(せき)に穴が開いた。今までずっと寂しかった和泉ちゃんが自分に言い訳しつつも心の扉を開けていく。
「俺はそう簡単に外出できる身分ではない。もう自分でどうかしている、と怖くなるぐらいあなたのことが好きで好きたまらないんだ」と言って、そっと御簾(みす)の内側に滑り込んだ。
晴れて恋人同士になったものの…
……ついに2人は契りを交わすのだ。しかし、結ばれたからといって、めでたし、めでたしというわけにはいかない。早速恋人たちの間に、高くて厚い壁が立ちはだかる。それは戦争でも伝染病でもなく、地震でも台風でもないが、ある意味そうした災害よりおそろしいものだ。それはずばり、浮き名だ。
平安時代の貴族は暇なうえに、うわさ話が大好きで、特に恋バナで大変盛り上がっていた。身分違い! 禁断の恋!となるとなおさらだ。陰口をたたかれたら最後、身の潔白を証明するのは至難の業。何せどこかの部屋から琴の音が漏れただけで、「あそこに絶世の美女がいる!!!」といううわさが流れて誰も疑わなかった時代なんだもの。
おそろしい浮き名のせいで、2人はくっついたり離れたり、男は疑い、女はむっとして、女はすねて男は燃え上がり……かなりじれったい恋のダンスが展開される。『和泉式部日記』の中に記録されている歌のやり取りが、そのじれったさを表している。その数はなんと100首以上にも上るのだ。
この不安定な状態に疲れ果てて、ついに和泉ちゃんは出家すると言い出して石山寺というところにこもる。そうはいっても、浮き世を捨てる気はさらさらないという感じで、朝から晩まで彼のことばかりを考える。当然のごとく、つかの間の寺ごもりにあっけなく終止符を打つ。
山を出て、真っ暗な世の中に戻ってきました。あなたに、ただあなたにもう一度逢うためだけに……
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