「性暴力」に関する刑法改正には不安がある

まだ明治時代の発想に引きずられている

性欲のほかに、「本能」という言葉が使われることも多い。牧野さんの著書『刑事司法とジェンダー』には、現職の警察官が起こした連続強姦事件が事例として登場する。その供述調書は、例えばこんな具合だ。

《夜一人歩きをする若い女性を見つけては、本能のまま女性の後をつけ(略)》

《本能のまま、若い女性が一人で住むマンションアパートがないか物色》

《本能のまま、この部屋に忍び込めるかと(中略)窓の状態を確かめて》

《本能のまま運転席から後部荷台の女性のところまで移動し》

本能とは本来、動物が生まれながらに持っている性質を指す言葉だが、部屋の物色や侵入、座席の移動といった行為を「本能」で説明するには無理がある。なにより加害者は、目隠しや脅すための道具を事前に用意し、身元がバレないようナンバープレートの偽装工作をするなど犯行は計画的で、それを自ら認めているのだ。明らかに「本能」と矛盾している。

「性欲という言葉は、警察の取り調べだけでなく、検察や裁判所でも使われていますが、おそらくしっかりとした定義はありません。その場で都合よく、幅広い意味で使われます。明治に近代司法が始まったときから、司法は性欲原因説で動いていて、それに合わせて取り調べや調書を作り、流れ作業のように処理している。レイプ神話に毒されたまま、いろいろなことが進められてしまっています

あらかじめ作られたストーリーに合致する供述だけが採用されるため、加害者の発言をわざと見過ごし、調書に書かないことも珍しくない。

「先述した加害者の強姦事件で、1件だけ未遂に終わったケースがありました。調書を見ると、被害者が抵抗した事実が記されずに、加害者が人間らしい“情け心”を起こして、自発的にやめたという書き方になっていました。これでは裁判で、加害者に有利に働くおそれもあります」

警察の性暴力への認識が反映された取り調べ

なぜこのような取り調べになってしまうのか? 牧野さんは、取調官と被疑者の間に生じる「独特な人間関係」も大きいという。

「長時間にわたり密に接するうえ、取調官はテクニックをたくさん持ち、立場も上ですから、その権力を利用して独特の心理状態に持ち込める。被疑者は言われたとおりに供述したり、ついウケのいいことを言ってしまったりする。すると取調官も加害者がかわいくなる」

裁判では、このようにして作られた供述調書が重視され、そのまま証拠として採用されることも多い。

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