カツタは一瞬気後れしたが、助手席側のドアを開けるときには、早くもこの美を自分のものにしてみせる、と心に決めていた。ほおにほてりを感じながら、新宿までの道のりは真剣勝負だ、と意気込んだ。
数分前まで顔を合わせたこともなかった相手との話題は幸いにしてすでに用意されている。
「写真とまったく違う人なんで、驚きましたよ」
「親戚のおじさんの写真なんです。女の写真を載せるというのもなんだか物騒じゃないですか。どんな写真でも構わないので、ちょっと前までルームメイトの猫の写真を載せていたんですけど、猫の写真というのもいかにも若い女ですっていっているみたいかなと思って、最近差し替えたんです」
「ああ、なるほど」
と頷きつつ、カツタは話をつなぐためにメイのことばの一部を拾って、
「ルームメイト? ご両親と住んでいるわけでも一人暮らしでもないんですね」
メイは、はにかんだ笑みを浮かべ、
「シェアハウスに住んでいるんです。寝室が4つの家に5人で住んでいるんです」
「寝室が4つで5人?」
「私と妹とで1室で、あとルームメイトが3人。会社の事情でお給料が減っちゃって、それで会社まで2時間もかかるシェアハウスに引っ越したんです」
「2時間ですか。じゃあ普段は電車で?」
「そう。でもどうしても通勤がしんどい日はカーシェアして車で。ただ、それだとおカネがかかりすぎるから、なるべく節約するためカープールするんです」
メイは、給料が減らされて大変だという話を、決して悲壮感なく、むしろ楽しそうに話した。とはいえ貧困のなかに埋没したくないと強く思っているようで、生活を向上させたいという願いを会話の端々に差しこんできた。
さらにメイは妹のこと、仕事のこと、旅行が好きなのに節約のために行けないこと、夜は早くに眠くなるのに朝も弱いこと等々、よくしゃべった。カツタがうれしそうに頷きながら聞くので、メイの唇は滑らかに動き続けた。
自分に身を任せてくれさえすれば…!
どちらかといえば口数は多くないカツタだが、この日は負けじとよくしゃべった。逆境のなかでも明るく向上をあきらめないメイを見ているうちに彼女に対する気持ちは一層高まり、自分を売り込むために口を動かし続けたのだ。メイは陽の射さない森林のなかで太陽を求めて上へ上へと伸びようとする草花で、自分に身を任せてくれさえすれば全身に陽の光を浴びさせてあげられるのに、とカツタは思った。
自分はカネを持っているということを知らせるのがメイの心をつかむ近道だろう。そこで会話のなかに、航空会社のマイレージ・プログラムの最上級会員であることや、家のそばのフレンチ・レストランに週に1度は行ってグラン・クリュ・ワインを開けることなどを、見栄や自慢と思われぬようにと気をつけながら散りばめた。
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