目前に西新宿のビル群が見えてきた。
カツタは確かな手応えを感じつつも、メイの心をつかむには至っていない、と感じていた。延長戦に入る必要があると思った彼は、意を決して言った。
「もしよろしければ今度夕食でもいかがですか。恵比寿にいい店を知っているんです」
誘いが唐突すぎて、メイはまゆのあいだに小さくシワを寄せた。
カツタは心臓の鼓動を感じながら、
「あなたと話していると楽しくて。ぜひもう一度お会いして、もっといろいろな話を聞かせてください」
と、慌てて言った。
メイはカツタの目をのぞき込んでから、微かなほほ笑みとともに、言った。
「私、ほんとうは知らない男の人と食事に行ったりしないんですけど、いいですよ。私も楽しかったし、もう少しあなたのお話を聞きたいし」
カツタはメイから見えないところで拳を握り、頭のなかで「よし」と叫んだ。
お金持ちがカープールなんて使うはずがない
メイの1日は、シェアハウスの共有のリビングルームで妹のルルとコンビニエンスストアで買った780円のワインを傾けながらその日にあった出来事をグチを交えて報告し合うことで終わる。
その日の夜、ルルはメイの報告を小さな目を見開き大きな鼻を膨らませて聞いた。
「お姉ちゃん。やったわね、すてきな人を射止めたんじゃない」
メイは白けた顔で、言った。
「そんなんじゃないわよ」
「食事に誘われたんでしょ。きっと高級フレンチね。いいなあ」
「やめてよ。フレンチだなんて言ってなかったわ。恵比寿で待ち合わせるというのは微妙よね。まあテーブルのうえに店員を呼ぶ押しボタンが置いてあるような店ではないでしょうけれども。きっと湘南までの直通電車の停車駅だから帰るのに便利だと思って恵比寿にしたのよ」
ルルはテーブルの上のワイングラスを持ち上げて、
「その人、こんな安ワインじゃなくて高級ワインを毎日のように飲んでいるんでしょ。会社の出張とかじゃなくて自分のおカネで旅行して航空会社の最上級会員になっているっていうのもすごいし。いつもファースト・クラスに乗っているんじゃない。お金持ちよ、きっと」
「そんなのうそよ。見栄を張っているのよ。仕事もしていないみたいなのよ。失業中で新宿には会社の面接かなんかで行ったんじゃないの。そもそもお金持ちがカープールなんて使うはずがないじゃない。そうでしょ」
「じゃあなんで食事の誘いをOKしたの。いつも回り道はしないって言っているじゃない。その人の言っていることは本当かもしれないと少しは思っているんでしょ」
メイはツンと口を尖らせて、言った。
「確認するだけよ。お金持ちでないという証拠をつかんだらすぐにさよならするわ。デザートのお皿の前でもテーブルを立って店を出てやるわ」
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