妻は「がんで死へ向かう夫」をどう見つめたか

現在進行形で進むノンフィクションの凄み

植本は医師から余命数ヶ月を告げられ、緩和ケアなどの治療方針について説明を受ける。この日の出来事、タクシー運転手にかけられた言葉や病室での夫との会話、家から持ってきた本の目次に書いてあったこと、そんな些細な出来事の数々を植本の眼はしっかりと捉えている。そしてその間の自分の異常な精神状態も……。

死を前にして、ようやく本物の夫婦になれた

『降伏の記録』(書影をクリックすると、アマゾンのサイトにジャンプします)

本書の日記は7月13日(木)までで、巻末には「降伏の記録」と題された書下ろしのエッセイが収録されている。ここで植本は、なぜECDとの間に埋めがたい溝が生じてしまったのかということを深く掘り下げている。この文章は凄みがある。なにしろ「見えすぎる眼」を容赦なく自分自身の心の深いところへと向けているのだ。

両親、特に母親との関係に深刻な葛藤を抱えている植本は、ここで夫と自分との関係は自分がいちばんなりたくなかった両親の関係をなぞっているのではないか、ということに気づき愕然とする。そして憎んでいた母親の弱さに初めて気がつくのだ。

この「降伏の記録」という文章は、死へ向かう夫へのメッセージになっている。最終的に植本が辿りついたのは、夫と自分とは個と個の関係である、ということだ。夫は自分に向き合ってくれない、目と目を合わせてくれない、と思っていた。だがそれは、個と個で同じ方向を向いていたからかもしれない。真逆の性格でありながら、だからここまで一緒に闘ってこれたのだ、と。

人間は孤独な存在である。でもだからこそ誰かとつながることができる。死を前にして、ECDと植本一子は、ようやく本物の夫婦になれたのだ。

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