ただし小松さんの研究範囲は分類学にとどまらない。生き物と生息環境の関係性を調べる生態学や、生き物の行動を研究する行動学、生物の種の起源や分岐などを解明する進化生物学にも及び、並行して打ち込むのが日常になっていた。
「生物学のなかでも分子生物学(細胞以下のレベルで生命を調べる学問)や生化学(化学的に生命現象を調べる学問)の研究には当時はあまり強い関心がなかったのですが、個体や集団のスケールで調べられる分野はとにかく好きで何でもやりましたね」
多岐にわたるゆえに得られるデータも複雑で、実験結果から知見を得るにも相当苦労する。統計学の分野で生まれたばかりだった解析技術「データマイニング」もいち早く取り入れて、研究効率を貪欲に上げていった。北海道の原生林や大学の研究室で研究対象に触れ、コンピュータにデータを打ち込み、最新の学術論文に目を通す。とにかく研究に明け暮れる毎日だ。
ただ、日本の大学院ではいくら研究に従事しても基本的には給与は支払われない。親の所得制限をクリアできず、修士課程の間は奨学金も下りなかった。実家から大学に通っていたため家賃の心配はなかったが、生活費はどうしていたのだろう。
「研究の合間を縫って、専門学校の非常勤講師や塾の先生、あと家庭教師もやっていました。短期間で稼げるバイトとなると、やっぱり自分の専門分野でやるのが手っ取り早いですから」
修士課程の終わり、年齢は20代半ばとなっていた。学部卒で就職した同級生は企業でそれなりの給与をもらい、修士後に会社勤めする同僚もそれなりの待遇を得ているようだった。それでも小松さんに焦りはない。
生き物の専門家として生きていくことしか頭になくて…
「なぜかは自分でもわからないんですが、生き物の専門家として生きていくとしか考えたことがなくて、企業に就職する発想を持ったことがありませんでした」
研究の道で生きていくとしたらその王道は大学だ。大学に籍を置いて研究を重ね、修士のあと博士課程に進んで博士号を取り、キャリアを積み重ねて教授を目指す。競争率は高いが、環境も予算も安定していて、長期的な研究に集中しやすい。研究者として理想の就職先であることは疑いようがない。
しかし、小松さんは修士課程の時点ですでに“疑って”いた。大学業界の内側からしか見えない現実をいろいろと知っていたためだ。
「さまざまな大学において、内部の人事や能力の評価で、一般的にもアンフェアだと判断されるであろう出来事が少なからずあるようでして。実験の環境は整っているし、すばらしい先生はたくさんいるんですけど、一部の疑問を感じる人が人事権を握ってしまうと、首をひねらざるをえない事態が起きるわけで。インターネットが発達した現在はかなりマシになっていますけど、当時は内側の情報はとことん隠せましたから。まぁそれで、この状態なら自分に合わないな、と」
物理学や化学など研究人口の多い分野なら納得できる研究室を探すといった手も打てるが、進化学や生態学はアカデミックな世界でもニッチな部類なので入れる研究室自体が限られている。望む研究に没頭できる環境がそろっていて人事的にもフェアに感じる環境を国内で探すのは困難だと感じていた。
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