「安倍一強」を支えているのは"おだてる力"だ 聞く側の視点でスピーチを作成している

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日本人はまだまだ、インフォーマーが圧倒的に多い。分厚い「殻」や「型」を破って、パフォーマーへと脱皮するのは至難の業だからだ。この2つのタイプは、まったくパラダイムの違う世界で、決死の覚悟と練習なしにはシフトは難しい。日本人特有の「恥」の意識を克服するという荒業は、ほんのちょっと背伸びをすればいい、というものではない。

一方で、「日本人には合わない」などと、いまだパフォーマーに対して懐疑的な声も多い中で、グローバル化の波に乗り遅れまいと、バージョンアップを図ろうとするトップも少しずつ増えている。

そうした区分でいえば、特に海外における安倍氏のコミュニケーションは、日本の政治家としては極めてレアなパフォーマー型といえる。官僚ではなく、プロのスピーチライターが手掛ける流麗なスクリプト(原稿)を徹底的に練習し、ジェスチャーを交え、時には英語でプレゼンをする。日本の首相としては初めて、米国上下両院の合同会議でスピーチを行ったときも、細部にわたって綿密に計算された内容が、高く評価された。安倍マリオの捨て身の演技も海外で大きな話題を呼んだ。

聞き手の視点に立つ=相手をおだてる

「彼は人の話を聞くのがうまいのではないか」。ある海外有力メディアの記者はこう分析する。「コミュニケーションの主役は自分ではなく相手」。これは「コミュニケーションの基本形」であるが、彼の海外でのスピーチには徹底的に聞き手視点に立ち、相手を立て、喜ばせる工夫が詰まっている。

日本企業のトップの話の基本形は「わが社は……」「私は……」という「自分語り」。相手が何を聞きたいのか、などまったく考えず、ただただ、抽象的な言葉を羅列し、自分や自社のセールストークを繰り広げるパターンが圧倒的に多い。一方で、安倍氏のスピーチはどれも、徹底的に「聞く人」のためのものだ。

たとえば、ロシアでのこのスピーチ。やや長いが以下に引用しよう。

「ヴォロネジ。言わずと知れた交通の要衝(都市)です。(中略)100万の人口をもつヴォロネジの悩みは、車の渋滞です。ここに、上流下流の信号同士が交通量の情報をやり取りして、緑の点灯時間を変えるシステムを導入しましょう。一塊の車が無理なく通れるだけ緑が続くので、渋滞が減る。発進、停止で出る排ガスも減らせます。古くなった下水道。古都では工事が難しい。それなら、地面を掘らずに、下水管を新品に換える技術を使いましょう。景観は傷つきません。鉄道の整備と、駅周辺の開発を一体で進めるプランも打ち出しました。駅があって、街がある。新しい都市のデザインを試みます。そうです。日本の技術にロシアの知恵。両国政府が目指すのは、ロシアの市民一人ひとりが、世界に、そして未来に向かって胸を張れる街づくりです」

主語はIよりもWeそしてYou。相手の抱える問題や悩みが何かを子細に分析し、その具体的なソリューションを提示する。「イノベーション」や「革新」といった日本のトップがよく使う抽象的で、概念的な常套句はいっさい出てこない。人の名、地名、エピソード、逸話、情景などを織り交ぜ、サプライズやユーモアを編み込んで、相手の脳裏に絵を描き、べったりと記憶に残す。インド、ロシア、アメリカ……。それぞれの国々の人々への思い、情熱の中に、さりげなく自己PRが込められる。そう、まるで、相手をおだてる「ラブレター」のようなスピーチなのである。

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