セイラーの行動経済学、異端の学問が大活躍 次のノーベル経済学賞は「フィールド実験」か

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セイラーは1987年から新しく公刊されたアメリカ経済学会の機関誌に、アノマリー(anomaly)という連載論文を掲載した。映画『マトリックス』に登場するスミス氏も「アノマリー」と呼ばれていたと記憶するが、アノマリーとは「その時の理論と矛盾する事実」のことである。アノマリーが多発することはその理論が改訂される必要があることを意味する。セイラーはこの連載によって、合理的個人を前提としている当時の経済学の限界を研究者に示そうとしたのである。そして、連載が許されたのは次第に行動経済学の機運が高まってきていたことを反映している。

この連載は1992年には一般向けの本としてまとめられた(原題:The Winner's Curse: Paradoxes and Anomalies of Economic Life、日本では『市場と感情の経済学』として公刊、現在では『セイラー教授の行動経済学入門』と題名を改めている)。この本はおそらく一般向けの行動経済学の本としては最初のものではないかと思われる。学界だけでなく社会にも行動経済学を知らしめたセイラーの貢献は多大である。

「明日はもっと貯蓄しよう」で大成功

社会に対するセイラーの貢献としては、SMarT program=「明日はもっと貯蓄しよう(Save More Tomorrow)」が有名である。誰しも常々、貯蓄はしたいし必要だと思っているのだが、ついつい買いたいものが出てくると我慢できずに買ってしまい、結果として貯まらないというのが現実である。長期的に望んでいることと現在の選択・行動が一致しないことは行動経済学では「現在バイアス」と呼ばれている。

人々がもっと貯蓄できる方法として、セイラーは次のようなプログラムを提案した。「給与の振り込みの一定割合を貯蓄する契約を結ぶが、その割合は昇給すれば高くなるように契約しておく。ただし、昇給の時に申し出れば割合を上げることはキャンセルできる」。人間は現在バイアスを持つので、前もっての意思決定では長期的に望ましい貯蓄契約を結ぶ。もう一つのポイントは、人々は現状を変えることを嫌がる「現状維持バイアス」を持っていることで、いったん契約したことを変更するのを嫌がる。こうして「明日はもっと貯蓄しよう」プランは成功を収めた。

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