離婚の慰謝料として、所有していたマンションをもらった。家族だけでなく、家具や電化製品がなくなった閑散とした部屋を眺めて、別の土地でゼロからやり直そうと思った。
不動産屋に「前年度の収入がなく、保証人もいない」ことを伝えると、丁重に断られた。数軒まわってすべて同じ返答、賃貸住宅に居住することは無理と知った。マンションを売却して住宅購入することにした。現在の田舎町に引っ越した。
「10万円くらい働けば、息子の年金に頼らずに家計はまわる。田舎だし、年齢のこともあって、仕事はコンビニとかスーパーくらいしかない。しばらくはパートをしてやりくりしていましたが、息子が卒園してからはコンビニでも働けなくなりました」
やっと派遣の介護職を見つけたが…
おととし、卒園した息子が帰ってきた。17年ぶりに同居生活。週5日、デイサービスに通う。昼間10~16時までが働ける時間で、あらゆるパートの面接に行ったが「障害のある子どもがいる」ことを伝えると、どこにも断られる。やっと見つけた仕事が派遣の介護職だった。隣の市のグループホームに非常勤介護職として入職した。
「無資格未経験で高齢者介護を始めました。現場リーダーの方に虐待を強制されるというか、ひどい介護する施設でした。ケアマネの方が出勤しない土日は、本当に最低限のことすらしないというか。自力で立ち上がれない高齢者を寝たまま食事介助とか、トイレに行かせないでオムツのままで交換もしないとか。重度の方は完全に放置する。記録はうそも多く、いろいろサービス提供したと書かされました」
介護施設の人手不足は深刻である。第2次安倍政権以降、景気がよくなって求人倍率が上昇してから、誰も介護職をしたがらなくなった。全国的に圧倒的に人が足りず、最近は高齢者を殺してしまう虐待事件が後を絶たない。佐藤さんが勤めたグループホームは第三者的に確認するケアマネがいないとき、現場が一丸となって徹底的に手を抜く運営がされていた。
介護職は人手不足のうえに給与が安く、社会的な評価も低い。現場職員たちは不満を抱え、それが歪となっている。佐藤さんが強制された「食事は寝たままでいい」という介助は、死に直結する誤嚥事故を起こすのが時間の問題だ。介助をしながら恐ろしくなったという。
「夕飯を16時くらいに終わらせてしまって、本当に放置。私も家族の介護は経験があるので、これでは本当に危険と毎日思っていました。記録する表の仕事と、実際の裏の仕事が決まっていて、利用者さんが命を落とすことになったらどうしようって。不安で仕方なかった。だから、しばらく働いて別の施設に移りました」
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