児童書「モモ」はデキる大人の心にこそ刺さる

あなたも「灰色の男」の餌食になっていないか

そこに登場するのが、灰色の男です。「時間貯蓄銀行」の外交員を名乗ります。

「いいですか、フージーさん。あなたははさみと、おしゃべりと、せっけんのあわとに、あなたの人生を浪費しておいでだ。死んでしまえば、まるであなたなんかもともといなかったとでもいうように、みんなにわすれられてしまう。もしもちゃんとしたくらしをする時間のゆとりがあったら、いまとはぜんぜんちがう人間になっていたでしょうにね。ようするにあなたがひつようとしているのは、時間だ。そうでしょう?」
(87ページ)

効率至上主義を全否定

読んでいくと、フージー氏には、灰色の男に付け入られる隙があったことがわかります。これは、自己啓発ビジネスの手口と同じです。高学年の子どもが読んだら、「小学校に入ったときからちゃんと勉強しておけばよかった。いまとは全然ちがう成績だったはずだ」などと過去のことを考えていたらあかんな、悪い人に付け込まれるなと気づくのではないでしょうか。

作者エンデの上手なところは、無駄にした時間を、次のようにきちんと計算して書き込んでいるところです。算数の好きな子どもだったら、きっと自分も計算しようとするでしょう。

「しかし冷静に考えれば、フージーさん、あなたにとってはそれはむだな時間だ。合計すればなんと2759万4000秒もの損失なんですよ。そのうえあなたには、毎晩ねるまえに15分も窓のところにすわって、一日のことを思いかえすという習慣がある。これがまた1379万7000秒のマイナスになりますな。さて、これでいったいあなたにどれくらいの時間がのこっているか、見てみましょう、フージーさん。」
(92ページ)

 

フージー氏は、灰色の男から提案された時間の倹約方法を実行します。お客さんとのおしゃべりをやめて手際よく作業をして、お母さんは養老院に入れて、寝る前に窓のところに座って一日のことを思い返すのもやめにしました。すると、彼はだんだんと怒りっぽい、落ち着きのない人になっていったのです。

フージー氏は灰色の紳士の訪問をうけたことをもうおぼえていないのですから、ほんとうなら、いったいじぶんの時間がどうしてこうもすくなくなったのか、しんけんに疑問にしていいはずでした。けれどこういう疑問は、ほかの時間貯蓄家とどうよう、ぜんぜん感じませんでした。なにかにとりつかれて盲目になってしまったようなものです。そして、毎日毎日がますますはやくすぎてゆくのに気がついて愕然とすることがあっても、そうするとますます死にものぐるいで時間を倹約するようになるだけでした。
(102ページ)

 

これは現代人の時間のつかい方への痛烈な批判です。効率至上主義を全否定しているのです。仕事で1分の無駄もなく、雑談することもなく働き続けてもちっとも楽しくありません。むしろ雑談のない職場では、いいアイデアは生まれないでしょう。

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