絶品「1本1100円の牛乳」は牛の幸福度が違う 酪農業界の常識を破る「なかほら牧場」の挑戦

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アニマル・ウェルフェアの重視が叫ばれるようになった背景にあるのは、畜産現場の劣悪な飼育環境だ。

日本では、生産効率を上げるための工場畜産が一般的で、畜舎での牛の囲い飼いやつなぎ飼い、豚のストール(食用豚繁殖のために母豚を拘束するおり)飼育、食用鶏の密飼い、採卵鶏のケージ飼い等、動物の行動する自由を著しく奪う畜産が行われている。乳牛の場合、牛舎内では危害を及ぼす可能性のある角が切り取られ、搾乳作業の邪魔になる尻尾も切られてしまっていることは多い。

日本の一般的なつなぎ飼い牛舎。頭の部分がつながれているので、牛は向きを変えられない。糞尿は排水溝に落ちるので、掃除は楽(写真:アニマルライツセンター)

さらに、エサとしてトウモロコシを中心とした穀物が与えられることにも問題がある。本来、牛は優れた消化吸収システムを使って繊維質の多い草の強固な細胞膜を分解することができる。だが、現在牛のエサとして一般的なのは、穀物だ。狭い牛舎のなかで高栄養・高カロリーの穀物飼料を毎日与えられることで、乳牛の消化障害が多発し、薬剤が多用されているという。

牛乳の「濃さ」が付加価値になっている現状

こうした飼育方法が一般化した背景は2つある。1つは、日本の酪農は戦後のアメリカの穀物戦略に組み込まれ、米国産の余剰穀物を利用することが普及したからだ。穀物を与え、効率よく牛を飼育するのには牛舎が適している。

もう1つに、牛乳の「濃さ」が付加価値となっている現状がある。市販の牛乳パックに書かれた「3.8」「3.7」という数字は、牛乳に含まれる乳脂肪分を示す。乳製品の表示法を定めた「乳等省令」においては、乳脂肪分3%以上、カルシウムやミネラルなど脂肪以外の固形分8%以上を含むものを「牛乳」と定義しているが、現在、乳脂肪分3.5%以下の牛乳は見掛けないはずだ(成分無調整牛乳の場合)。乳業メーカーが1980年代ごろから、牛乳の濃度の高さを競うようになったことに加え、農協などでは、1987年に酪農家から買い取る生乳の脂肪比率を3.5%以上とし、基準未満だと価格を引き下げることを決めたからだ。この乳脂肪分の高い牛乳の生産を可能にするのが、輸入穀物主体の配合飼料と牛舎飼いなのだ。

「そもそも、人間が一義的に必要とする食糧は穀物である。畜産業はもともと、気候風土が穀物の生産に適さない地域に発達した食糧調達のための産業だった」と中洞氏は言う。しかし、今の酪農は人間が食べることができるトウモロコシなどの穀物を牛に与え、牛乳や乳製品を作り出している。発展途上国で飢える子どもがたくさんいるなかで、人間の食糧となる穀物で酪農をすることはおかしいとも言う。しかも、牛乳や乳製品を摂取して得られるカロリーは穀物の7分の1しかない。これは「食料の迂回生産」であり、非効率的で続かないと、中洞氏は主張する。

こうして、牛本来の能力が無視され、青空の下を歩くことも許されず、ひたすら牛乳を生産するマシンと化した牛から作られる牛乳は、中洞氏いわく本来の牛乳ではないという。

次ページ従来の酪農と一線を画す「なかほら牧場」の方針とは?
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