人間が過去の記憶を都合悪く解釈しない理由 記憶力に自信がない?水分足りていますか?

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記憶の歪曲化には、もう1つの理由があります。過去の自分のレベルをできるだけ下げることによって、成長の度合いを高め、3週間の努力を正当化したいという自己防衛の心理も働いています。

記憶がよみがえる薬を発見!

最近、私たちの研究室で、記憶をよみがえらせる薬を発見しました。詳しいことはまだ書けませんが、効果は劇的です。動物実験はもちろん、ヒト試験でも、驚くべきことに、忘れてしまった昔の記憶を、薬を飲むだけでスムーズに思い出すことができるのです。

この事実から、忘れた記憶は完全に消え去ってしまったのではなく、脳のどこかに蓄えられているということがわかります。脳回路にエングラム(記憶の痕跡)が残っているのに、「心」がその情報にアクセスできないために、表面上、「忘れた」という症状に陥っているだけなのです。

現在の脳研究では、脳内に保管された情報へのアクセスを遮断させる新たな「記憶」ができることで、「忘れる」という現象が起こると考えられています。つまり、忘却とは「思い出すな」という別の形の記憶が脳回路に保存されることで成立する前向きな現象だというわけです。

では脳には、どこまで古い情報が残っているのでしょうか。1年前でしょうか、10年前でしょうか。

どうやら、想像以上に古い痕跡が脳回路に眠っているようです。2013年に発表された乳児に関する論文を2つ紹介しましょう。

まずは、イタリア国際先端研究所のモンティロッソ博士らの研究から。博士らは、生後4カ月の乳児のストレス反応を測ることで、記憶を追跡しました。たとえば、泣いているのに母親が反応してくれないという状況は、赤ちゃんにとって大きなストレスです。

実験では、10分間そんなつらい経験をさせたあと、2週間後に再び同じ経験をさせました。すると、初回の経験時に比べ、ストレスホルモンの反応が変化していました。つまり、先週受けたストレスを今でも「覚えている」ということです。変化の様子は乳児ごとに異なりましたが、わずか4カ月齢の赤ちゃんでも、経験したことが記憶となって脳回路に刻まれることの紛れもない証拠です。

『できない脳ほど自信過剰 パテカトルの万脳薬』(朝日新聞出版)。書影をクリックするとアマゾンのサイトにジャンプします

これで驚いてはいけません。ヘルシンキ大学のパータネン博士らは、なんと「生まれる前の記憶」さえ残っていることを証明しています。妊娠後期に母親の体外から「キラキラ星」のメロディを週5回聴かせ続けたところ、生後4カ月になっても、「キラキラ星」を聴いたときにだけ、脳波に反応が現れることがわかったのです。この実験データは、私たちが想像するよりも、はるかに古くからの経験が脳回路に刻まれていることを示しています。さすがに「前世」とまではいきませんが、胎児の頃の記憶は残っているわけです。

記憶は私たちの個性そのものです。私たちは自分の「記憶」に基づいて、感じたり、考えたり、判断したりしています。だから私の記憶は、私の人格そのものです。

そして今この瞬間もまた、新たな記憶を脳回路に添えて、未来の自分に送っています。「生きる」とは、言い換えれば、過去の自分を現在の自分で味付けして未来の自分に託すことなのです。

(構成:高橋 有紀/ライター)

池谷 裕二 東京大学薬学部教授

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いけがやゆうじ

静岡県藤枝市生まれ。1998年東京大学大学院薬学系研究科で薬学博士号取得。東京大学薬学部助手。米コロンビア大学生物科学講座客員研究員、東京大学薬学部講師、同准教授を経て、2014年4月から現職。

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