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江戸城・大奥は「どんな女性」が働いてたのか 「最高年収」は、なんと2700万円!

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  • 山岸 良二 歴史家・昭和女子大学講師・東邦大学付属東邦中高等学校非常勤講師
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ほかにも、「イケメン老中」をこっそりのぞき見する、などの楽しみもありました。

【4】「イケメン老中」をこっそりのぞき見

月に1度、幕府の老中が大奥を巡回に訪れる「御老中廻り」がありました。

老中は実質的な幕政のトップですが、幕末の福山藩主・阿部正弘はわずか25歳で老中に抜擢され、27歳で老中首座に就任した稀代のエリートで、かなりの美男子でした。

阿部正弘が老中だった頃、御老中廻りが知らされると、大奥はにわかに騒然となり、女性たちは彼見たさに皆、障子の陰に張り付き、すき間から彼が通り過ぎるのを熟視しました。

なかには彼と同じ阿部家の家紋(丸に右重ね違い鷹の羽)を自分の部屋着や簪(かんざし)にプリントし、独り悦に入っていた者も少なくなかったということです。

一方、3日に1度、前述の御留守居役による巡回「御留守居廻り」もありましたが、女性たちは御留守居役をまるで男として見ておらず、彼が巡回してくると、湯殿(風呂)の戸を開け放ち故意に自分たちの入浴姿を見せつけるなど、完全に侮った態度をとっていました。

【5】家族を江戸城に招待

宿下りが許されない身分の高い女性は、かわりに自分の親族に限り大奥へ呼び寄せることができました。届け出があれば、そのまま最長2泊まで大奥で宿泊も可能でした。

女性たちは皆、プライドを持って奉公していた

大奥では、礼儀作法や読み書き、技芸、料理、裁縫など多くの教養を身に付けることができるので、大奥帰りという肩書は良縁につながる最高の経歴としてもてはやされました。

これこそが、江戸の女性たちの奉公先として、大奥が絶大な人気を誇った最大の理由です。大奥の女性たちは皆プライドを持って奉公し、そこで得た経験や知識は、その後の人生を成功へと導く「最強の武器」となっていたのでした。

日本史を学ぶことは、たんなる知識や教養の面だけではなく、「現代人が仕事をするためのヒント」も多数、見いだすことができます。歴史は教養と教訓の宝庫です。ぜひ興味のある題材から歴史を学び直し、「仕事と人生のヒント」をつかみ取ってください。

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