「騎士団長殺し」に見える村上春樹のパターン

この話型は彼に取りついたものだ

同じパターンは、それまでに書かれたすべての「同じパターンの物語」への参照を読者に要求します。一人一人の読者はそうやって自分の個人的な読書記憶を掘り起こして、独自の、唯一無二の「含意」をその「同じパターン」から読み出すことができる。

だから、「いつもと同じ話型」の方が、「一度も書かれたことのない新奇な話型」よりも、読者にとっては味わい深いし、ついのめり込むんですよ。「騎士団長」は『1Q84』を読んだ人には「リトル・ピープル」を思い出させるし、『海辺のカフカ』を読んだ人には「カーネル・サンダース」を思い出させる。そういうふうに重層化されている。

だから、僕は村上春樹自身が自己模倣のピットフォールにはまり込んだというふうには考えないんです。この話型は彼に取り憑いたものなんです。何も考えずにすらすら書いていると、どうしてもこういう話型になってしまう。なんでこういう物語に引き寄せられるのか、作家自身もそれが知りたい。その答えを探し出すためにさらに書き続ける。

過剰な自己規律が邪悪なものを生み出す

今度の作品も、いつもと同じように、現実と非現実の間を隔てる壁が崩れて、現実の人が「向こう側」に姿を消し、この世ならざる異形のものが「向こう側」から闖入してくる。主人公の「私」がたいせつなものを取り戻すために非現実の世界に踏み込み、現実の世界に戻ってくるという構造は『羊をめぐる冒険』からあと、ずっと同じです。

主人公の「僕(今回は「私」)」の前に、おそらくは主人公のアルターエゴである礼儀正しく、どこか脆く、魅力的だけれど、邪悪な本質を隠し持つ人物が登場してくる。『騎士団長殺し』では免色さんがそれに当たります。彼は『風の歌を聴け』の「鼠」の何度目かのアバターです。彼はたぶん『ダンス・ダンス・ダンス』の五反田くん以来、もっとも造形に成功したアルターエゴだと思います。主人公とそのアルターエゴとの長い対話が村上作品の一番深く、一番「美味しい」ところです。『騎士団長殺し』でもそうです。「私」と免色さんの対話の緊張感とそれがもたらす高揚は他のどんな対話とも異質のものです。

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