「騎士団長殺し」に見える村上春樹のパターン この話型は彼に取りついたものだ
その鍵盤を押さないと音が出ない
いつもそうなんですよ。『ねじまき鳥クロニクル』でもいきなり奥さんがいなくなっちゃいますしね。『羊をめぐる冒険』だって、『スプートニクの恋人』だって、ある日いきなり彼女がいなくなるという話なんですから。これは村上春樹の愛用する「説話的定型」なんですよ。それは作家にとってピアノの鍵盤みたいなもので、その鍵盤を押さないと音が出ないんです。
そういう類のストーリー・パターンというのはどんな作家にもあるんです。チャンドラーのフィリップ・マーロウものだって、言ったら全部同じじゃないですか。探偵事務所に依頼者がやってきて、いわくありげなことを言うのだけれど、それは全部嘘で……というのはどの作品も同じでしょ。でも、読者は「全部同じパターンじゃないか、ほかに違うのをやってみろ」とは言わない。同じ仕掛けからどういう違う物語が紡がれるのかをわくわくして読む。
今度の『騎士団長殺し』に出てくる免色さんは白髪で物静かな紳士ですけれど、モデルはもちろん『ロング・グッドバイ』のテリー・レノックスでしょ。彼が遠い家の灯りをみつめる場面は『グレート・ギャツビー』でギャツビーがデイジーの住む岬の緑の灯火をみつめる場面と同じだし。そういう既視感はかなり意図的に仕込まれていると思いますね。