投球数制限があるのに肘の故障は増えている 本場アメリカの子ども達の環境の過酷さ

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甲子園のかつてのスターであり、トミー・ジョン手術を受けた経験のある荒木大輔は本書の中で安樂について「虐待とはいわないが、あれは多すぎです」と答えながらも、「それも甲子園のファンが感動する理由のひとつなんです」と答えている。

日本の野球には成功は練習と訓練の反復によって生まれるとの信条が根強いと著者は説く。実際、その信条に共感を覚えてきた人間が多いからこそ、スポ根アニメが流行り、炎天下でエースに連投を強いる甲子園が熱気に包まれるともいえる。

著者も甲子園を否定するわけではない。日本野球をバッシングするわけでもない。きれい事に映るかもしれないが、青少年の肉体の危機に警鐘を鳴らす。実際、本書を通じて見えてくるのは、野球の本場アメリカの子ども達の環境の過酷さだ。

アメリカの野球ビジネスの膨張はとまらない

100億ドル産業に成長したアメリカの野球ビジネスの膨張はとまらない。有望株を早い段階から取り込もうとする各球団のスカウト合戦は加熱。金の卵の発掘をビジネスにしようとする企業が全米で未来のスター選手を競わせる「ショーケース」と呼ばれる試合を開き、10歳にも達しない子どもたちが速く強い球を投げ続ける。

球速ごとに選手はランキング化され、本人も親たちも順位に一喜一憂する。ランキングを維持し続ければ、注目が集まり、100万ドル以上の契約金が手に入る可能性が高い。そのためには投げ続けるしかない。

大リーグの球速重視主義は顕著で、2003年に平均球速は145キロに達していないが、10年もかからずに148キロを超えた。

だが球速を速くすることは大きな矛盾を抱える。「球を速くするいちばん簡単な方法は一年中投げることだ。だが、ASMIの研究によれば、子どもの将来の故障を予測する要因としてダントツの1位に来るのが一年中投げることだった」。

もちろん、親たちも子ども達の腕に対する注意は払っていることが窺える。連投を禁じたり、投球数を気にしたり。米国のシンクタンクは99年から10年間で500人近いユースリーグの投手を追跡した結果、年間100イニング以上投げた子が腕を痛める確率は100イニング未満の子の3.5倍であるとしている。

最近では、メジャーリーグの各球団も球数や投球回数を制限しているが、起きているのは不思議な現象だ。投手の球数は激減しているのに腕を痛める投手は増えている。大リーグの投手に突っ込む年俸総額は15億ドルだが故障によって年間5億ドルを失っている。投手の4分の1にトミー・ジョン手術の傷跡がある。早期から投げ続けている今の青少年がドラフトを迎える頃には、手術経験のない選手を探す方が難しくなるというのは決して冗談ではないだろう。

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