投球数制限があるのに肘の故障は増えている 本場アメリカの子ども達の環境の過酷さ

拡大
縮小

とはいえ、球団側も選手側も、故障に対する認識が定まらない点は興味深い。故障を防ぐ方法がないからだ。極論すれば、合理的と呼ばれるフォームで投げていようが、球数や投球回数を制限しようが故障する人はするし、しない人間はいくら投げてもしない。本書には嫌となるほどその事例が載っている。

そもそも先発投手の一般的な球数の目安とされる100球についても科学的な根拠があるわけでないことが読み進めるとわかる。「区切りのいい数字が好まれるからではないか」という著者の推測に納得してしまう。メジャー球団のあるGMが「大事にしても投手は故障した。投げられなくなった。私たちは状況を評価し直す必要があった」と語っているのが印象的だ。

メジャーリーグは組織的にビッグデータを使って、故障を防ぐ方法を探り始めている。一方、電気治療や遠投、常識外れの投球法指導まで、科学より宣伝に長けた者達が数十億ドルとも言われる腕のケア事業で一儲けをたくらむ。

手術を受ける年齢の低年齢化

『豪腕 使い捨てされる15億ドルの商品』(書影をクリックすると、アマゾンのサイトにジャンプします)

厄介なのは、解決法が見えなければ、科学より伝統、事実より信条が怪我を治すこともあるかもしれないことだ。実際、そうした希有な例も紹介されている。

著者はトミー・ジョン手術にも非科学的な治療法にも是非は述べないが、手術を受ける年齢が低年齢化していることだけは紛れもない事実だと指摘する。アメリカで著名な整形外科医がトミー・ジョン手術を執刀した高校生の数は20年前の年間1、2人から80、90人に急増しているという。

故障を防ぐ解は見いだせないが、起きている事実を知るべきだとの指摘は尤もだ。野球に没頭する子どもの腕の問題は、一部では見直されつつあるが、全体が立ち止まって考えるべき時期にきている。本書の言葉を借りれば、米日という教育水準の高い産業国家の国民的スポーツが、子どもの健康を危険にさらすような習慣を助長しているのは真実なのだから。

栗下 直也 HONZ

著者をフォローすると、最新記事をメールでお知らせします。右上のボタンからフォローください。

くりした なおや

1980年生まれ、東京都出身。大学院修了後、半年間の無職生活を経て、産業専門紙に記者職で拾われる。現在は電機業界を担当。HONZでは新橋ガード下系サラリーマン担当を自認する。紹介する本は社会科学系、人文系、ルポ、お酒の本が中心。

この著者の記事一覧はこちら
関連記事
トピックボードAD
ライフの人気記事
トレンドライブラリーAD
連載一覧
連載一覧はこちら
人気の動画
TSMC、NVIDIAの追い風受ける日本企業と国策ラピダスの行方
TSMC、NVIDIAの追い風受ける日本企業と国策ラピダスの行方
【資生堂の研究者】ファンデーションの研究開発の現場に密着
【資生堂の研究者】ファンデーションの研究開発の現場に密着
広告収入減に株主の圧力増大、テレビ局が直面する生存競争
広告収入減に株主の圧力増大、テレビ局が直面する生存競争
現実味が増す「トランプ再選」、政策や外交に起こりうる変化
現実味が増す「トランプ再選」、政策や外交に起こりうる変化
アクセスランキング
  • 1時間
  • 24時間
  • 週間
  • 月間
  • シェア
会員記事アクセスランキング
  • 1時間
  • 24時間
  • 週間
  • 月間
トレンドウォッチAD
東洋経済education×ICT