アルゼンチン流のサッカーが「世界的」なワケ 「超一流」選手、監督を輩出し続ける国の流儀

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加藤はリーグを通して15試合に出場したが、相手ディフェンダーからの厳しいタックルを受け、選手生命を危ぶまれるようなケガを負った。それでも、加藤が選手として「サッカーをしている」という体感を最も得られたのは、アルゼンチン時代だという。

「日本のほか、タイやインドでもプレーしてきましたが、アルゼンチンでの感覚が良くも悪くも僕のスタンダードになりました。他の国では練習でも試合でも『そこまで厳しいプレーをする必要はあるのか』とよく言われました。それだけアルゼンチンという国のサッカーが特殊で、選手は厳しい環境の中で切磋琢磨しているのだといえるでしょう」

日本のサッカー指導法とは、何が違うのか

現在、アルゼンチンリーグ1部のコーチで唯一の日本人、飯沼直樹氏(CAラヌース所属)は、現地の育成法をどう見ているのか。現地で主にジュニア世代の指導に携わる飯沼氏は、日本でプロコーチとしての経験がないままアルゼンチンに渡り、独力で契約にこぎ着けた、まさにたたき上げだ。それだけにアルゼンチンの育成法を深く知る人物である。飯沼氏は「規律を大事にすることなど、実は指導法に関して日本と共通する考えも多い」と言う。

日本サッカー協会(JFA)主導の少年サッカー大会は、2011年以降、11人制から8人制へと移行した。これは、7人制サッカーが主流であるスペインの影響が大きいが、アルゼンチンで行われる6人制のミニサッカー「バビーフットボール」にも重なる部分がある。

一般的にブラジルなどの南米諸国では12歳までの選手育成では、個人戦術は教えても、グループやチーム単位での戦術練習に大きなウエートを置かない。その唯一の例外といってもよいのが、アルゼンチンなのだ。特に守備的な基礎戦術の考え方に関しては、規律やルールを重んじる日本の指導現場と似通っている部分も少なくないようだ。

一方で、飯沼氏が感じた明確な差異もある。それは、もはや定型文のように日本サッカーの課題と叫ばれて久しい「個の伸ばし方」についてだ。「アルゼンチンの指導で特徴的なのは、指導が細かすぎないこと。そして、とにかく褒めて選手を伸ばすという考え方が定着しています。その一方で、明確に問題点を指摘します。つまり、メリハリをつけて選手に接するのがうまい」。

そのメリハリが、カギになっている。飯沼氏は「戦術や規律を植え付けながら、正しいこと、正しくないことをハッキリと伝える姿勢は後々の状況判断力につながってきます。だからアルゼンチンの選手はプレーを迷わない。そして、堅固で戦術的な守備を崩す必要があるからこそ、突出した個も生まれるのでは」と分析する。

サッカーの戦術や指導方法は、時代とともに、そのトレンドが移り変わるものだ。だが、アルゼンチンという国が長い時間をかけて作り上げたサッカー文化と、そこから生まれるタレント力の根強さはしばらく変わりそうもない。流行に惑わされることなく、じっくりと自国のサッカー文化を構築していく姿勢は、日本サッカー界も見習うべきなのではないだろうか。

(文中一部敬称略)

栗田 シメイ ノンフィクションライター

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くりた しめい / Shimei Kurita

1987年生まれ。広告代理店勤務などを経てフリーランスに。スポーツや経済、事件、海外情勢などを幅広く取材する。『Number』『Sportiva』といった総合スポーツ誌、野球、サッカーなど専門誌のほか、各週刊誌、ビジネス誌を中心に寄稿。著書に『コロナ禍の生き抜く タクシー業界サバイバル』。『甲子園を目指せ! 進学校野球部の飽くなき挑戦』など、構成本も多数。南米・欧州・アジア・中東など世界30カ国以上で取材を重ねている。連絡はkurioka0829@gmail.comまで。

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