5歳児を衰弱死させた父親の絶望的な「孤立」

「助けを求めることを知らない」親たち

「普通の大人なら、人に助けを求めるだろう」と思うだろうか。Sはそうしなかった。そして、精神保健の分野では援助希求行動がないことは、自傷行動だとされる。

父親であるSは、いくつかのハンディキャップを抱えていた。大きくは4つある。

ひとつは、知的なハンディキャップ。2つ目は、精神疾患のある母親の下で育った生い立ち。3つ目はシングルファザーであったこと。4つ目は妻も実家との関係がよくなかったことだ。

Sのハンディキャップに従って事件を読み解くと、法廷で奇異にとらえられたSの証言にも、理解できる部分が出てくる。ここでは知的なハンディキャップと、彼の生い立ちについて取り上げてみる。

40年近く、軽度知的障害のある人たちの支援にかかわってきた田口道子さん(性搾取問題と取り組む会事務局)は、知的なハンディキャップのある人たちは、ない人たちとは「異なる文化」を持っていると言う。

「こうした人たちは、1つのことをコツコツ積み重ねていくことは得意です。その一方で、抽象的な思考や見通しを持つことが苦手で、時系列で説明することも苦手です」

日常の会話の中で、彼らのハンディキャップを感じることはまずない。だが、しばらく話をするうちに違和感を感じてくる。

父親は、会社では高い評価を得ていた

Sは、法廷で裁判官に「小学校への入学をどう考えていたのか」と問われて「気になったが深く考えなかった」と答えている。その答えは無責任な父親という印象を与えた。だが、彼は将来の見通しを考えにくい特質を持っていたと考えれば合点がいく。

Sは、R君と2人だけで暮らし始めた当初、スズキのワゴンRを所有しており、休みの日には、R君を乗せて少し離れた公園に出掛けている。だが、車が壊れてからは、公園には行かなかったという。裁判で、いつ壊れたのかと聞かれて、答えられなかった。だが、これも時系列が語れないという知的なハンディキャップから起きたことかもしれない。

一方、遅刻や早退、欠勤なく働き続けたのは、ルーチンワークをコツコツ積み重ねる力が前面に出たためだともいえる。これは、彼の会社での評価の高さにつながった。あるいは、会社側に自分の窮状を話して、自分の状況を改善させることができなかったのは、見方によっては、周囲にノーという力が弱かったからだとも言える。

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