5歳児を衰弱死させた父親の絶望的な「孤立」 「助けを求めることを知らない」親たち

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筆者は拘置所でSに面会したとき、幼い時、1日に3度食事をとっていたかと尋ねた。すると、記憶がないと言った。「お母さんが病気になって、おばあちゃんが家に入ってきてからは3度ご飯を食べていました」という。

母親が発症したのはSが12歳のときだが、その前、長期間、母親は状態の悪い時期があったはずだ。Sは、12歳以前の母親についての記憶もあまりもっていない。

子ども時代の記憶がないことが意味すること

Sにとって、子ども時代の記憶がないということは、その時代の子育てのモデルをもたないということだ。

3歳の子どもに与えるものが、1日に2回のコンビニのおにぎりとパン、500ミリリットルの飲み物という行動も、子育てモデルがないからだという分析をすることができる。

精神障害のある親の元で育つ子どもの支援にかかわってきた鈴鹿医療科学大学看護学部の土田幸子准教授はこうした子どもたちの中に、子どもの頃を思い出せない人たちは多くいると言った。

「子育てモデルがないので、子育てに強い不安を抱える人たちがいます。『育て方がわからない』と相談して、『難しく考えることはないのよ。自分が育てられたように育てればいいのよ』と言われると、それ以上尋ねることができなくなる人たちがいます」

土田は、親が心の病を患う中で育った子どもたちは、虐待を受けた子どもたちとおなじような特質を持つ場合があるという。

「周囲が親を否定的に見れば、自分自身のことも否定的に考えるからです」

1審の法廷では、Sが2014年5月30日に逮捕された当時の取り調べのビデオ録画が流された。傍聴席には音声のみだったが、警察官の「あなたも自分の4歳、5歳の時のことを思い出してもらえればわかると思うのだけれど、生活などできないだろうし、ご飯だって作れないだろうし。その責任があったことはわかっているんですね」という問いかけが最初だった。

「ええまあ」などと、Sは話を合わせるような受け答えをしている。警察官は、Sが3度の食事を食べさせてもらった記憶がないとは意識していなかっただろう。問いが発せられ、言葉に詰まるSにヒントを出し、取り調べる側の思考の範囲の物語が作られていった。

さらにSにはあと2つのハンディキャップがあった。それも父子の生活を深刻なものにした。それについては、次回の記事で取り上げていく。

杉山 春 ルポライター

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すぎやま はる / Haru Sugiyama

1958年生まれ。雑誌記者を経て、フリーのルポライター。著書に、小学館ノンフィクション大賞を受賞した『ネグレクト―育児放棄 真奈ちゃんはなぜ死んだか』(小学館、2007年)、『移民環流―南米から帰ってくる日系人たち』(新潮社、2008年)『ルポ 虐待―大阪二児置き去り死事件』(ちくま新書、2013年)『家族幻想―「ひきこもり」から問う』(ちくま新書、2016年)など。

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