慶大教授が「弱者救済はやめろ」と言う理由 「現物ベーシック・インカム」が日本を救う

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奥田:昨年7月に相模原で起こった障がい者施設での殺傷事件と同じ構造を抱えているように思います。加害者は社会構造的には「弱者側」だったのではないか。彼は、障がい者を「生きる意味のないいのち」として虐殺しました。言うまでもなく、それは許されないことです。

井手 英策(いで えいさく)/1972年福岡県生まれ。2000年に東京大学大学院経済学研究科博士課程を単位取得退学し、日本銀行金融研究所に勤務。その後、横浜国立大学などを経て、慶應義塾大学経済学部教授に。専門は財政社会学、財政金融史。著書の『経済の時代の終焉』(岩波書店)で2015年大佛次郎論壇賞受賞。『18歳からの格差論』(東洋経済新報社)は、自民党、民進党を問わず永田町の政治家の必読書として話題をさらっている。ほか、著書に『分断社会を終わらせる』(筑摩書房)『分断社会ニッポン』(朝日新聞出版)『財政から読みとく日本社会』(岩波書店)など(撮影:石戸 晋)

しかし、この「生きる意味のないいのち」という言葉は、あの加害青年自身に投げかけられた言葉であったのだと思います。当該施設に勤めていた彼は、退職し、その後措置入院。退院後も定職には就けなかったようですが、「生きる意味があるか」は、彼自身に投げかけられた現代社会の問いだったと思います。事件前、「日本と世界の経済のために障がい者を殺害する」との手紙を彼は衆議院議長に出していますが、「自分は生きる意味がある」「役に立つ」ということを証明したかったのではないか。

若者の就労支援の現場においては、就職できるか、増収するかが課題となりますが、それ以上に承認欲求や自尊感情、自己有用意識を彼らは求めているように感じます。おそらく役所の生活保護担当者たちには、評価が低く自分の仕事に誇りを持てない中で、俺たちは命懸けでやっている、正当な承認をしてくれという主張があったのではないでしょうか。

井手:僕も今回の件はまさに承認欲求だと思っています。承認欲求とは「特別扱いされたい」とか、「自分だけがいい思いをしたい」というのではない。「ほかの人と同じように扱われたい」「同じことをやったら同じように評価されたい」という欲求です。人間として当たり前でごく自然な欲求なのに、その当たり前の欲求が満たされずに弱い人たちが苦しんでいる。ものすごく根が深い問題です。

生活保護の受給者は、当然、他者と同じように存在を承認されて、他者と同じように生きたいはず。ケースワーカーだって自分の仕事を承認されたいはずだし、正当に評価されたいに決まっている。それなのに、弱者と弱者がお互いを認めあえない状況が生まれている。悲しすぎます。

「働かざる者」はもともと「貴族」のことだった

奥田:生活保護法は憲法25条の生存権「すべて国民は、健康で文化的な最低限度の生活を営む権利を有する」がベースになっていると思いますが、私は本来「人が人として生きる」ということに関しては、それだけではいけないと思っています。「最低限度」というならば、これはもう「普遍的な事柄」であって、本来議論する余地もない部分です。

しかし、現状においては、その部分が危うくなっている。困窮者支援の議論も、もっぱら25条の範疇に留まっていると思います。たとえば「就職できるか、できないか」など。しかし、憲法でいうとその前に13条がある。「すべて国民は、個人として尊重される」からはじまり、「生命、自由及び幸福追求に対する国民の権利」に関する条文です。生存という普遍的な事柄がしっかりすることで「個人として幸福を追求する権利」が担保される。だから、生活保護の議論も生存権で留まるのではなく、それを土台として憲法13条、すなわち「幸福追求」に及ぶ大きな絵を描くような議論がなされるべきです。

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