一方、「働き方改革」によって上記のような望ましい状況が実現し、そして「成長と分配の好循環」が実現するかは、かなり不確実だと筆者は考える。「成長と分配の好循環」とは具体的に何なのか不明確だが、(蓄積されたようにみえる)企業利益が家計に幅広く分配される、ということだろうか。
そもそも「働き方改革」が、どのような経路で、サラリーマンなど家計の所得を押し上げるのだろうか。たとえば、多様な働き方とは、従業員の家庭環境に配慮した就業規則や慣行が広がることが挙げられるが、それが本当に従業員の賃金上昇にどう結び付くのだろうか。
上記のように「働き方改革」は「一億総活躍社会実現に向けた最大のチャレンジ」と位置づけられている。とすれば、アベノミクスの延長線上にあることが理解できる。筆者は、以前のコラム「賃金格差の縮小は、脱デフレの徹底で可能だ」でも述べたが、2015年末に安倍政権が掲げた「一億総活躍プラン」は、アベノミクス発動による日銀のレジーム転換がもたらした、経済正常化(デフレ緩和、需給ギャップ縮小、失業率低下、株高円安)の恩恵を幅広く家計に行き渡らせる、政治的メッセージの意味合いが大きいと考えている。
実際には、「働き方」を改めるミクロベースの諸政策の効果は、一部論者が主張するような効果は限定的で、生産性やGDP(国内総生産)を高める効果は、ごくわずかだろう。それでも筆者は別の理由で、「働き方改革」は進むと考えている。
「市場のメカニズム」を通じ「非正規問題」は改善に向かう
アベノミクスの生命線である総需要刺激政策(金融緩和継続、緊縮財政放棄)による経済のパイの拡大の恩恵は少しずつ広がり、時間の経過によって、「一億総活躍」の相当部分が自然に実現していくと筆者は予想している。
金融緩和・緊縮財政放棄により需要不足を解消、デフレを克服すれば何が起こるか。2013年から4年が経過し、すでに労働市場における失業や就職難の問題はかなり解消しつつある。依然として労働市場は完全雇用には達していないと筆者は判断しているが、さらに完全雇用に近づけば、人手不足の状況が強まることで賃金が上昇する。
実際に、非正規社員の賃金上昇は広がり、最近では非正規社員を「正社員化」する動きをみせる企業が増えている。そして、これらの企業行動が、政府による掛け声で促されたと考える人は少ないだろう。労働市場の改善を目の前にして、競争力を高めるために人材を確保するという民間企業の合理的な行動を後押しするドライバーになる、ということである。
また「働き方改革」として重視されているのが、非正規社員の待遇改善である。ただ、実際には正規社員と非正規社員の賃金格差をもたらす主たる要因は、求められるスキル、責任範囲、企業からの転勤命令、などに求められる。仮にある企業が、権益にしがみつく正社員を非合理に優遇し、過大な給与が支払われ、外部から優秀な人材を雇わない、という人材戦略を執るのであれば、単にその企業は競争力を失うということにすぎない。
実際には、人手不足が長期化して人材確保が難しくなれば、企業の人事戦略も、コスト抑制から人材囲い込み・育成が重視されるように自然に変わる。その過程で、いわゆる非正規社員の待遇改善は、市場メカニズムを通じておのずと実現する。要するに「働き方改革」というスローガン実現のために、政府の声掛けによって経営者や労働者のマインドセットに訴えることは、あまり本質的な要因ではない。金融・財政政策をフル回転させ続けてデフレから脱却し、労働市場の需給改善を後押しする。それが働き方改革というスローガンを実現するメインエンジン、つまり確実な手段になるということだ。
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