厚木5歳児衰弱死事件が示す「法医学の限界」 作られた「残酷な父」というストーリー

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裁判員裁判の一審は、懲役19年の殺人罪の判決だった。殺人罪の有期刑の最高刑(20年)に近い。

それが今年1月13日の東京高等裁判所の二審判決では、保護責任者遺棄致死罪に変わり、懲役も12年となった。検察側は上告せず、Sも上告を取り下げ、刑が確定した。

刑事事件の控訴審で、殺人事件で、高裁が一審判決を破棄し、独自に判決を言い渡す例は1割に満たない。いったいなぜ、殺人罪は翻ったのか。

筆者は一審の判決後、父親のSと面会や手紙のやり取りをしてきた。一審の判決後、Sはこんな手紙を書いてきた。

「やはりRのことを考えるとすごくつらいです。取り返しのつかないことをしてしまったと本当に申し訳ない気持ちでいっぱいです。私はRのことを知る数少ない人の1人です。父親として育児は自分なりに一生懸命に頑張ってやっていました。約2年間2人きりで生活をしていましたが、結果として、こういうことになってしまって本当に残念でたまりません。後悔しています。記憶はずっとあいまいなままです」

筆者はこれまでも数件の虐待事件の裁判を傍聴してきたが、この事件の場合、Sの証言は二転三転し、何が起きているかわかりにくい裁判だった。S自身は裁判で、記憶があいまいな理由について、自身の母親が精神疾患を発症し、その母親の行動が嫌で、なんでも忘れるようにしてきたためと証言した。さらに、精神鑑定を行った精神科医も、心理鑑定を行った児童虐待の専門家もSは不適切ではあっても、当人は子育てをしているつもりだったと証言した。 

しかし、裁判ではそうした父親Sの主張は重視されることはなかった。それよりも、検察はメディアで示され社会に広がった「残酷な父」のイメージをなぞろうとした。そのストーリーはわかりやすく、一審の裁判員裁判で支持された。ところが二審では「誘導があった」とし、ひっくり返った。

食い違う4人の医師の証言

この裁判に大きな影響を与えたのは、医師たちの見解だった。検察側と弁護側で、それらは見事に食い違っていた。

一審の法廷では、検察に死亡時の写真を提示されたと語るA医師が「遺体には、栄養不足から筋肉をエネルギーに変えることで筋肉が萎縮して、関節が固まる“拘縮”が見える。死亡の1カ月前にこの拘縮が始まり、ほほがこけてげっそりするなど、誰が見ても命の危機がわかるほど相当やせて衰弱していた」と証言した。

次ページ続いて、B医師の証言
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