児童相談所の現場では何が起きているのか 支援の前に知るべき当事者たちの現実
陰惨としか言いようのない児童虐待事件が報道されるのを見るとき、なんとひどい親がいるものかと怒りあきれる。実の父に、母に、あるいは実父母のパートナーに、殴られ、閉じ込められ、飢えさせられ、亡くなる子どもたち。性的虐待に心身ともに深く深く傷つけられた子どもたち。なんとかならないものなのかと誰しもが思うだろう。
児童相談所に通報がなされていたにもかかわらず
なかには周囲の人々が子どもの危険を察知していたという事例もある。特に児童相談所に通報がなされていたにもかかわらず、手をこまねいている間に取り返しのつかないことになったという話を聞くと、何を生ぬるいことをやっているのかと思う。そんな虐待をするような親の親権など構わないから、まずは虐待する親から子どもを取り上げて、危険から守るべきだと。
こうした社会の声に押され、応えるように、虐待が疑われる家庭への行政の介入は強化されてきた。かつては虐待をする保護者自身も問題を抱えているのであり、そこへの共感をベースにしつつ家族の育児能力を再生させることへの援助を基本とするアプローチがとられていた。が、それが後手に回ることによる取り返しのつかない事例を踏まえて、今はまず入り口のところで「家族から子どもを分離するべきかどうか」を判断することから始まるようになったという。そうすることで実際、救われた命もあるに違いない。
が、たとえ家族から離されても、どんなにつらい思い出に満ちていたとしても、子ども自身のアイデンティティと家族の存在は分かちがたいものであり「家族の再生の可能性」を完全に奪われてしまうことが本当に正しいのかという疑問も問われ続けている。
当たり前のことながら、児童相談所が動き、子どもの身柄を親から離して、そこで事が終わるわけではない。その後、子どもたちは、家族は、どんな道のりを歩むことになるのか、私自身あまりにも知らなすぎたと思う。知らぬまま、とにかく児童相談所が家族を分離すれば一安心、あとは適宜適切に処遇が決まるだろうというのでは、あまりに楽観的すぎるのである。
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