日本人が知らない米国「聖域都市」の謎な実態 「不法移民保護都市」をめぐる米国人の葛藤
ところが米国に移住してから1年後に、夫が勤めていたIT企業が大手企業に買収されたことで夫は失業してしまう。再就職先はすぐに見つかったものの、給与は下がった。ナターシャさんもそれを機に働きだしたが、2人の稼ぎを合わせても、生活はギリギリ。サンフランシスコは全米1家賃が高い。1LDKで日本円にして平均42万4000円(3530ドル)という、高額家賃を支払いながら生活していくのは大変なのだ。失業前には夫婦で週末ごとに外出し、デートを楽しんでいたが、今では月に1回映画を見ることもぜいたくという状態だという。
「私は3年も待ってようやく米国に来た。つつましく暮らして、なんとか生活をしている自分たちが、なぜ正しい手順を踏まずに米国へやってきた不法移民への施しのために、税金を負担しなければならないか、本当にナンセンス」と、ナターシャさんは不満をあらわにする。
不法移民の「引っ越し」を手伝う人権団体も
こうした中、トランプ大統領が冒頭の大統領令に署名したわけである。聖域都市の市長たちは、次々にこれに抗議し、「移民を守る」と宣誓。シアトル市長も、大統領令拒否への強硬な姿勢を示している。一方、フロリダ州マイアミのように、聖域政策を改める方向を模索しだした自治体もあるのだが、ただでさえ厳しくなりつつある不法移民の取り締まりを見込んで、聖域都市以外の都市に潜伏する不法移民が、聖域都市に逃げ込む動きも見られている。
私が以前暮らしていたサウスカロライナ州には、不法移民をかくまうサポートをしている非公式の任意人権団体がある。彼らは水面下で聖域都市以外の都市から、聖域都市に不法移民たちが引っ越しできるように支援を行っている。その中心人物の1人であるジョージさん(仮称)は、「自分がしていることは、違法行為に近い」という自覚は持っているという。それでも「すでに米国に生活がある人たち、やむを得ぬ理由で米国に来るしかなかった人たちを放置できない」と話す。
ジョージさんが最近、聖域都市への引っ越しを手助けした不法移民は、メキシコ出身の家族だった。彼らは以前、メキシコでトウモロコシ農家をしていたが、1993年に北米自由貿易協定(NAFTA)が締結され、米国から大量にトウモロコシが輸入されるようになったことで、失業してしまった。トウモロコシはメキシコでは主食であることもあり、多くのメキシコ農家がその栽培で生計を立てていた。米政府も当初は輸出規制を設けていたが、NAFTA締結から15年経って規制がなくなり、米国からのトウモロコシ輸出が拡大。メキシコの農家はどこも大打撃を食らったのだという。
「確かに彼らは法を犯して米国にやってきました。しかし、もとをたどれば、悪いのは私たち米国人なんです。彼らは米国の強欲な政策によって、傷つけられた農家です。危険を承知で国境を越え、米国でスタートした新たな人生を再び奪うことは、人として正しいことでしょうか」とジョージさんは語る。
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