中国人富裕層の子女が、日本で直面する現実 なぜ親たちはそこまで過剰に期待するのか

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ある日本語学校の教師は「これは日本留学に限った話ではありませんが、SNSという便利なツールがあるがために、留学しても中国に住む友だちとずっとつながっていて、日本で新しい人間関係を一から構築できないのです。また、数年前まで、留学生にはアルバイトばかりしていないでもっと勉強しなさい、と注意したものですが、今ではまったく逆。日本を知るためにアルバイトの経験が役に立つよ、とハッパをかけてアルバイトを奨励するほどなんです」というから驚きだ。

さらに、中国人に詳しいある心理カウンセラーは言う。

「恵まれた境遇にある子どもほど、自分が恵まれているということに気づかない。周囲も恵まれた環境で育った人ばかりなので、なかなかそう思えないという心理があります。また、中国人の場合、社会の変化が急激で、親の世代と自分の世代では育った環境が違いすぎ、親に自分の気持ちを理解してもらえないという寂しさもあります。せっかく留学させてもらっているのに、親の期待に応えられないといって自分を責めたり、自分は弱い人間なんだと思って、逆に自己嫌悪に陥りやすいのです。大げさにいえば、中国は『強くなければ人間じゃない』というくらい弱肉強食の世界ですから……。ギリギリまで頑張って、最後には鬱の症状が出てしまい、病院に駆け込む学生も増えています」

一部の人々は早くも“先進国病”にかかっている

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かつて、日中の経済格差が大きかった時代の中国人留学生は日本でアルバイトをして大学に通うだけでなく、中国に住む両親に送金までするというたくましさやエネルギーがあった。そうしたパワーが中国を経済大国へと押し上げる原動力となった一因でもあるのではないかと感じる。しかし、中国は日本の数倍という猛スピードで激しく変化しているため、高度経済成長やバブル後、かなりの時間が経ってから日本で現れたような現象(若者の内向き傾向など)がすでに現れ始め、一部の人々は早くも“先進国病”にかかっているように見える。

今や世界の留学生の4人に1人が中国人という世界一の留学大国となった中国。米国でも日本でも中国人留学生の経済力に圧倒され、ある種の脅威を覚えている人がいるかもしれない。

だが、国家の存在感とは裏腹に、かつてと比べて明確な目標を持てず、ひ弱になった中国人留学生たちの姿を見ていると、経済的な豊かさや国の発展が、必ずしも個人の幸せとイコールではない、という当たり前のことに気づかされる。

そうした若者がエリート層の一部として今後、政治や経済を引っ張るようになったとき、中国はどのように変化していくのか。昔ながらの中国のイメージとも違う、複雑で違った形の新たなる中国が出現するような気がする、と思うのは考えすぎだろうか。

中島 恵 ジャーナリスト

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なかじま けい / Kei Nakajima

山梨県生まれ。北京大学、香港中文大学に留学。新聞記者を経て、フリ―に。著書に『なぜ中国人は財布を持たないのか』『中国人エリートは日本人をこう見る』『中国人の誤解 日本人の誤解』(すべて日本経済新聞出版社)、『なぜ中国人は日本のトイレの虜になるのか?』『中国人エリートは日本をめざす』(ともに中央公論新社)、『「爆買い後」、彼らはどこに向かうのか?』(プレジデント社)などがある。

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