伝説の時計デザイナーが遺した最高の作品 拝啓、ジェラルド・ジェンタ様
時計デザイナーのジェラルド・ジェンタには大変特別な思い入れがある。そもそも彼のデザインは好きだったし、加えて言うと、彼の生前最後のオフィシャルなインタビューにおけるインタビュアーは、だれあろう不肖・広田だったからだ。
巨匠ジェラルド・ジェンタの功績はさまざまなメディアで語られているので、細かくは言わない。ただふたつ加えるならば、彼は時計の世界に装着感という概念と、どんなシチュエーションでも使える「ユニバーサルウォッチ」という概念をもたらした。
ジェンタはこう語っていた。「シャツの袖に引っかかるような時計はよろしくない」「ロレックス オイスターのデザインは手がけたかった」。彼のそんな思いを象徴するのが、オーデマ ピゲの「ロイヤル オーク」と、パテック フィリップの「ノーチラス」だろう。ベゼルはスポーツウォッチよろしく太いのに、インデックスと針はドレスウォッチのように細い。彼は矛盾したデザイン要素を両立させ、しかもそこに薄いケースを与えた。彼を天才と言う人は多いが、生涯で数十万枚のデッサンを描いたジェンタは、真剣に時計デザインに取り組んだ、正真正銘の努力の人だったように思う。
最晩年で“暴走”したジェンタ
そのインタビューで、彼は最新作であるジェラルド・チャールズをひっさげてきていた。さすがに本人には言えなかったが、そのデザインは奇怪で奇妙で、とてもジェンタが作ったものとは思えなかった。とりわけ「トゥルボ」というクロノグラフは、袖には引っかかるし、色合いも不思議だしと、巨匠晩年の作とはとても思えなかった。ジェンタはダメになった、過去のセンスはもう失われた──そういう意見を時計関係者からよく聞いたし、筆者も同感だった。
しかし、最近ふと思う。ジェラルド・ジェンタは、あえて奇抜なデザインに取り組んだのではなかったかと。