「鳥貴族」がワタミをついに追い抜いた理由 全品280円均一の焼き鳥屋は何が強いのか

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鳥貴族は今年度決算の2017年7月期中には約600店舗を達成し、カムレード加盟店を含むチェーン年商は約540億円規模(鳥貴族単体では300億円程度)になる見込みだ。ワタミの国内外食部門売上高は現在、年商500億円に届くかどうかである。鳥貴族は名実ともにワタミを追い抜く局面に差し掛かっている。

ワタミの大きな失敗

ワタミはカリスマ創業者・渡邉美樹(現参議院議員)が、1984年に「つぼ八」(つぼ八本部)とFC契約を結び、FCオーナーとして経営不振に陥っていた「つぼ八高円寺北口店」を買い取り創業第1号店とした。

渡邉はこの立て直しに成功し、1992年に自社ブランドの第1号店居食屋「和民笹塚店」を開業した。客単価は3000円、大繁盛した。これを引き金に「つぼ八」とのFC契約を解消し、「つぼ八」の店舗を順次、居食屋「和民」に変更していった。ワタミは1996年に株式店頭登録、2000年東証1部昇格、2002年には大箱の総合型居酒屋を全国に300店舗展開、その後も地方都市や駅前、繁華街の一等地の飲食ビルに出店し、2011年に最大の646店舗を展開した。

ワタミの大きな失敗が、2011年から着手した「赤和民」から「黒和民」への転換だ。1992年に居食屋「和民」の第1号店を開店して以来、20年近く経ち和民の顧客も40~60代と高齢化してきたことに対応する店づくりが狙いで、数年かけて全店舗のブラッシュアップ作戦を展開し、客単価を3500円前後に上げようとした。

なぜワタミは「赤和民」から「黒和民」への転換を急いだのか。それは2009年~2011年にかけて激安・均一価格戦争が起こり、2010年夏にはワタミもメニューの7割が250円均一という激安業態で参入したが、プリペイドカードを使ったシステムに無理があり、失敗したからだ。ワタミは低価格業態を捨て、「黒和民」の高級路線で浮上を図った。ところがこの時期、女性従業員の過労死自殺事故によるブラック企業批判が大きなうねりになり、ワタミ離れが起こった。業績は急激に悪化し、結果的に大量閉店や業態転換に追い込まれることになった。

一方、ワタミの自滅はあったにせよ、鳥貴族が自力で異例の成長を果たしてきたことは疑いようのない事実だ。東京都内で平日のディナータイムに鳥貴族の店をのぞいてみるとわかるが、20~30代の若い男女でいつも満員の店が多い。若者のアルコール離れなどまったくうそのようなにぎわいだ。

居酒屋業界は売上高ランキングで1970~1980年代にかけて養老乃瀧、村さ来、つぼ八が3強だった。その後、主要プレーヤーは入れ替わり、1990年代半ば~2000年代にかけてはモンテローザ、ワタミ、コロワイドが御三家を形成。そして現在はモンテローザ、コロワイド、チムニーが新御三家ともいえる状況で、その後に大庄、鳥貴族、ワタミが続こうとしている。ただし上位6社の中で、本業が好調なのは5期連続増収増益見込みの鳥貴族だけだ。

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