「低所得者こそ賃金が上がらない」という矛盾 完全雇用なのになぜ賃金上昇率が鈍いのか

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失業率がこれだけ下がっているのになぜ賃金が上昇しないのか。もう少し大きな視点でみたときに、どういうことが考えられるのだろうか。

モルガン・スタンレーMUFG証券の山口毅シニアエコノミストは「春闘は高い水準ではないが、中小企業やパート労働者の時給は上昇している。失業率が2%台半ばから後半に下がってくると、賃金と物価の上昇率も加速してくるのでは」とみる。

失業率と物価の間には負の相関があることが経験的に知られている。いわゆる「フィリップス曲線」だ。グラフの横軸に失業率、縦軸にインフレ率をとると、右肩下がりのフィリップス曲線が描ける。これまでは失業率の低下に対して縦軸のインフレ率の上昇幅は小さかったが、失業率が3%を切る水準まで下がってくると、インフレ率の上昇幅が大きくなるというわけだ。

だが、同社チーフエコノミストのロバート・フェルドマン氏は「ロボットなどの登場により、賃金の高い仕事から賃金の低い仕事に労働者が移ると、購買力は落ちるので、失業率は変わらないのに物価は下落してしまう。つまり、所得格差によってフィリップス曲線が下方にシフトしたのではないかという、新しい仮説が米国で登場している」と話す。

米国では賃金上昇率が二極分化する現象

米国のケイトー研究所のマーチン・ベイリー、バリー・ボスワース両氏は、論文「長期の成長低迷に関する説明」の中で次のように指摘している。

第二次大戦後から1970年代初めにかけて農村から都市へ低廉な労働力を吸収する過程が終了すると、賃金が全面的に上昇することが起きなくなる。その結果、イノベーションの恩恵を受ける高所得、高スキル労働者と、そうではない低所得、低スキルの労働者に二極分化する。現在の米国では、より多くの雇用が高い離職率、低い生産性、低賃金の労働に押し込められ、グローバルな競争やテクノロジーの進化にさらされる企業にとっても、従業員を教育・訓練したり、離職しないよう高い賃金を払う雇用戦略を採らないことが合理的になり、そのことが一層の所得の不平等と賃金低下を招いているのだという。

ベイリー氏らの指摘は米国に関するものだが、雇用の二重構造が賃金上昇の頭を抑えているとの議論は説得力がある。

ただ、フェルドマン氏は「日本における2015年末の外国人労働者の数は前年末と比べて12万人増えたにもかかわらず、賃金上昇は加速した。日本の場合は米国とは少し異なるのでは」と指摘している。日本に当てはまる考え方なのか否か、今後の検証が必要なように思われる。
 

山田 徹也 東洋経済 記者

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やまだ てつや / Tetsuya Yamada

島根県出身。毎日新聞社長野支局を経て、東洋経済新報社入社。『金融ビジネス』『週刊東洋経済』各編集部などを経て、2019年1月から東洋経済オンライン編集部に所属。趣味はテニスとスキー、ミステリー、韓国映画、将棋。

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