「まずは君が落ち着け」世界は逆回転を始めた 不動産王の「壁作り」はなぜ支持されたのか

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トランプの主張で際立っていたのはメキシコとの国境に「長城」を作ろうという提案でした。国民国家間のすべての障壁をなくせというのがグローバル経済の要求でしたけれど、それに対する「ノー」でした。それを「保護貿易」というふうに言う人がいますけれど、僕はそれには尽くせないと思う。

あれは経済的利益のための政策ではなく、むしろコスモロジカルなものなんです。壁を作って、商品や人間の行き来を止めるという図像にアメリカの有権者が「ほっとした」。そこが重要だと思います。人々は「利益」よりも「安心」を求めたのです。「いいから、この流れをいったん止めてくれ。世界をわかりやすい、見慣れた舞台装置の中でもう一度見させてくれ」というアメリカ市民たちの切望が「Make America great again」というスローガンには込められていた。

もちろん、そんなのは一種の思考停止に過ぎません。世界はこの先も彼ら抜きにどんどん変化して行く。でも、取り残されてもいい、思考停止してもいいと思えるくらいにアメリカ人の「グローバル疲れ」は進行していた。その深い疲労感を政治学者たちは過小評価していたと思います。ヒラリーへの支持が弱かったのは、この「グローバル疲れ」という生理的泣訴を投票行動に結びつくファクターになると予測しなかったからでしょう。

まずは君が落ち着け

これからしばらくは、この「グローバル疲れ」に対する「安心感」を提供できる政治家が世界各国で大衆的な人気を集めることになると僕は予測しています。その最悪のかたちは排外主義です。トランプの成功で「壁の再建」というアイディアが大衆に受けることを世界各地の極右政治家たちは学習した。

アンチ・グローバルが「落ち着け」という一言でわれに帰ることであればよいのですが、おそらく多くの社会では「超高速で壁を再建しなければならない。待ったなしだ。『壁作り』のバスに乗り遅れるな」というかたちで狂躁的なグローバル化の陰画としての狂躁的なアンチ・グローバル化が現象するでしょう。愚かなことですけれど、それくらいに「浮き足立つ」というマナーが深く内面化してしまった。

『シン・ゴジラ』の中の台詞で、僕が知る限りネット上で一番言及されたのは主人公の党内的パートナーである泉(松尾諭)の「まずは君が落ち着け」でした。それだけとれば特別に深い意味のない台詞ですけれど、なぜかこの一言が日本人観客の胸を衝いた。「まずは君が落ち着け」と言われて、はっとした。その自覚が日本人にあるといいんですけれど。

(構成:今尾直樹)

内田 樹 思想家、武道家、神戸女学院大学名誉教授
うちだ・たつる

1950年東京都生まれ。思想家、武道家、神戸女学院大学名誉教授。東京大学文学部仏文科卒業、東京都立大学大学院博士課程中退。専門はフランス現代思想、武道論、教育論、映画論など。凱風館館長、多田塾甲南合気会師範。著書に『ためらいの倫理学』(角川文庫)、『レヴィナスと愛の現象学』(文春文庫)、『私家版・ユダヤ文化論』(文春新書、第6回小林秀雄賞受賞)、『日本辺境論』(新潮新書)、『街場の天皇論』(東洋経済新報社)などがある。第3回伊丹十三賞受賞。

 

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