面白くなくなった芸人たち――視聴者側の需要変化
語弊を恐れずに言えば、昔はタモリも面白く、さんまも面白く(さんまは今でも面白いが)、ビートたけしさんも面白かった。ちなみにドリフターズの志村さんとかは、私は幼少期、祖母と一緒によく笑っていたが、物心つくと全然、面白くなくなり、繰り返される「ダッフンダ」には怒りすら感じるようになった。
笑いというのは感覚的なものであるため、味覚や美的感覚などと同様、変化していく。たとえば、昔、ファンタのグレープが好きだったのに、いずれハイネッケンのドラフトビールを好きになるのと同様、また、昔は生の魚が嫌いでキュウリ巻きしか食べられなかったのに、今ではウニもまぐろも大好物なのと同様、笑いの感覚もライフステージによって変わっていくものなので、世代ごとに人気のあるお笑い芸人や番組が異なるのは当然である。
したがって、テレビで見て面白くないからといって、実際の実力を過小評価してはならない。タレントさんはその番組がターゲットとしている視聴者層を笑わせればいい、ないし笑わせなくても興味を引き付けて視聴率を高め、間に流れる広告のスポンサー企業のブランド認知を高めるのが目的(ここまで考えていない人も多い気がするが)なので、番組の中であなたの属するセグメントがターゲットでなければ、あなたの笑いのツボやセンスなど無視して、(その番組がターゲットとしている)おばあさんさえ大笑いさせればいいのである。
この世代ごとの笑いのツボや感覚の変遷に加え、視聴者も同じ笑いに飽きてしまう。いくら面白くても同じネタを見て10回以上笑える人はいないわけで、人気芸人になればなるほど、毎日、朝から晩まで笑わせなければならないため、笑いのアウトプットにインプットが追いつかない。しかも今ではYoutubeで面白いネタが何度も再生されるだけに、同じネタやジョークの賞味期限が短くなっている。準備して、笑いを作り込んでいくタイプの芸人には難しい時代と言えよう。
また、いかに笑いの天才といえども、人気があればあるほど自身の笑いがメディアにさらされるため、自身の笑いのパターンが消費者に迅速に伝わっていき、笑いの予測可能性が高まるため、“意外性と鮮度のある大爆笑”はなくなっていく運命にある。この意味で、20年近くもほぼ毎日テレビに出続けて笑いを提供してくれたのだから、たとえダウンタウンがもはや面白くなくなったからといって、その(長期間飽きられなかった)実力は大きなものがある。
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