94歳で日本文学を執筆する米国人学者の凄み

あなたはドナルド・キーンを知っていますか

11月1日の記者会見後、記者のサインに応じるキーン先生
日本文学研究の泰斗ドナルド・キーンさんの言葉に、担当編集者は震え上がった──。いったい何があったのか?

キーン先生のジョーク

当記事は「GQ JAPAN」(コンデナスト・ジャパン)の提供記事です

「堤さんには、がっかりしました」

言われて心臓が凍り付いた。2011年の暮れ、ドナルド・キーン先生と2人のタクシー車中でのことだ。この日、『ドナルド・キーン著作集』の刊行開始にあわせて新潮社で記者会見に臨んでいただくためお迎えに行った。(何をしでかしてしまったのだろう?)と自問しながら、恐る恐る先生にわけを訊ねた。「何か、お気に召さないことを、私はしてしまったのでしょうか」と。

キーン先生は真顔で、「堤さんは、私に、記者会見に太郎冠者の扮装で来てはダメだと言ったでしょう」と応えた。止まっていた心臓が拍動を思い出した。やられた! 先生お得意のジョークだったのだ。

数日前、記者会見の日時をメールで伝えると、「ところで私の格好は、①アイビーリーグの大学教授風、②1950年代英国の怒れる若者風、③太郎冠者風、いずれがいいでしょうか」とお茶目な返事がきた。「②や③のお姿もいつか拝見したいですが、今回は①で……」と凡庸な返答をした私へのトドメが最初のひとことというわけだ。碩学ならではの威厳を備えた先生だけに、ジョークだと気がつくまではいつもポカンとしたりドキドキしたりなのである。

太郎冠者の扮装で、というのは決して出任せではない。1953年、念願の日本留学を果たしたキーン青年は、貪欲に、また急速に、日本の文化を吸収する。京都のお寺の高僧に書を習い、狂言の大蔵流宗家の門も叩いた。56年には喜多能楽堂で谷崎潤一郎、川端康成、三島由紀夫、八世松本幸四郎らの居並ぶ前で『千鳥』の太郎冠者を演じている。日本文学を誰よりも深く読んだだけではなく、舞台芸術を始めとする伝統芸能から美術、工芸まで、じつに幅広く日本を体内に取り入れていったからこそ、日本文化の素晴らしさを海外に正しく伝えることが可能となった。

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