名門ワイン「RIDGE」と日本を結ぶ深すぎる縁

老舗カリフォルニアワインの奇跡の物語

ある年、MONTE BELLOブドウ園にある約1000本のカベルネ・ソービニヨンに大きな実がついた。大きな実をつけたのは、1949年に植えられた古木。品種改良前のため、1本からの収量が少ないうえに古い株で、シングルビンヤード(単一ブドウ畑)でのワイン製作は行われてこなかったが、この年の実ならば限定醸造のワインを製作できる。そこで、ヒストリックワインが製作された。

RIDGEでは製作するワインの出自を事細かくラベルに記載する伝統がある。古木から作られたワインがどのようなブドウから生み出されたのか。石窪氏が調べ始めると、彼と同じ鹿児島出身の人物と、瀕死だったMonte Belloのブドウ畑……現在はRIDGEを象徴するブドウ園を救った苗木の物語が浮かび上がってきた。

薩摩藩から米国にわたった日本人

エチケット には、ワインにまつわる未知の物語の一部が綴られている(写真:RIDGE提供)

記録にはファウンテングローブのブドウを分けてもらった――とだけしかない。そこで、ワイン評論家のチャールズ・サリバンに由来を尋ねたり、文献をたどったりしながら追いかけてみると、100年以上前にフランスから持ち込まれたクローン樹だったことがわかり、そこから「長澤鼎(かなえ)」へとつながっていく。

かつて幕末の薩摩藩から13歳のとき海外へと送り出された長澤鼎は、紆余曲折を経ながらも、ほとんど独力でカリフォルニア州サンタローザに拓いたファウンテングローブ・ワイナリーをカリフォルニア10大ワイナリーのひとつに育て上げる偉業を成し遂げた人物だ。

長澤は米国で地元教団に入信後、教団の経営を支えるためにニューヨークでワイン造りを学びワイナリーを育てたが教団は解散。1900年、48歳のときに自分自身が作り上げてきたブドウ園を買い取る。当時、アメリカのワイン造りはまだ黎明期だったが、丁寧な仕事で拡大していった長澤のブドウ園はその後、サンタローザをワインカントリーとして発展させる礎となり「カリフォルニアのワイン王」として名を馳せる。

アメリカからイギリスへ、初めて海外輸出されたアメリカワインが長澤のワインだったと言えば、米ワイン産業に対して彼がどれほど大きな貢献をしたかが想像できるだろう。

その後、第二次世界大戦中にファウンテングローブのブドウ園は排日移民法によって没収され、長澤家はブドウ園、ワイナリーの経営から引き離されてしまう。今も語られる大戦中の悲劇のひとつである。

しかし後年、カリフォルニアにワイン産業を根付かせた功績は現在再評価され、現在では米国においてもカリフォルニアワインの歴史の中においても重要な人物、英雄として讃えられている。レーガン大統領が1983年に来日した際、日米交流の祖として福沢諭吉、松尾芭蕉と共にその名を挙げたことで日本でも知られるようになった。

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