名門ワイン「RIDGE」と日本を結ぶ深すぎる縁

老舗カリフォルニアワインの奇跡の物語

企業として継続するためには利益を上げていく必要があるが、いたずらに生産効率の向上を目指すのではなく、まずはワインとしての価値を高めることに集中できる環境を提供し、当時は世界的にもまだ地位が低かったカリフォルニアワインの品質を磨き込むことでRIDGEの価値を高めていった。

30年の時を経た今も、その関係性に変化はない。筆者がRIDGEを訪問した9月はブドウの収穫期。作柄を見ながら順次、その年のワインをどう作っていくのかを検討する重要な季節だが、大塚食品からはマネージャーがひとり短期出張で来ているのみ。様子をうかがい、コミュニケーションは切らさないものの、現場の独立性は現在も極めて高い。

そんなRIDGEだが、実はRIDGEと日本の“縁”は、強い絆と信頼で結ばれていたという明彦氏とポール・ドレイパー両氏の間柄だけではなかった。この2人さえも知らない数奇な運命でつながっていたのである。

かつて、日本人として初めて大規模なワイン農園を拓き、カリフォルニアワインの礎を築いた長澤鼎(かなえ)という人物がいる。そんなパイオニアが作り出したカリフォルニアの気候に合ったブドウの樹が、禁酒法時代に荒れ果てていたRIDGEのブドウ園を救っていたのだ。

当時の古木は現在も新しいワインを生み出し続けている。ワイン造りで重要な役割を持つワインメーカーのひとりとして、運命に引き寄せられるようにやってきた日本人醸造家が、この目に見えない絆をたぐり寄せていた。

トップワイナリーで活躍する日本人

カリフォルニアでもトップ評価のワイナリーで、ワイン造りに直接携わるどころか、重要な判断を下すワインメーカーとして活躍している日本人がいると言うと、少しばかり驚く人もいるかもしれない。

RIDGEクラスのワイナリーともなれば、そのポジションは限られている。実力だけでも、運だけでも、人柄だけでも、その立ち位置にいることはできない。とりわけRIDGEはポール・ドレイパー氏の人望や徹底したこだわり、民主的なワイン造りの方針などから、ワイナリーを辞める醸造家はほとんどいない。それゆえに狭き門なのだ。

しかし、そんな事実(日系資本であることや採用例がほとんどないこと)を知らないまま、偶然、このワイナリーの門戸をたたいた人物がいる。石窪俊星氏である。

石窪氏は鹿児島出身。同氏は熊本県にある八代高専(現・熊本高専八代キャンパス)でバイオテクノロジーを学ぶ第1期生として卒業。焼酎の作り手を目指したが就職先がなく、1年の就職浪人を経た後やっと見つけたのが西酒造だった。今や焼酎好きなら知らぬ者がいない西酒造だが、当時は家族で切り盛りする小さな蔵。造り手は8代目の若き日の西陽一郎氏へと切り替わるところだった。

このとき、西氏が創ったのがまったく新しいコンセプトの焼酎「富乃宝山」。2歳年上で兄弟のように接してくれたという西氏と共に、石窪氏は焼酎造りを学んだ。しかし富乃宝山誕生にかかわったことが、彼を冒険へと駆り立てる。

西氏と共に焼酎造りを続ければ、その後も画期的な焼酎を生み出していけるかもしれない。しかし、外の世界に出て「自分だけの酒」を作ることを選んだ。

自分だけの酒として選んだのはワインであり、「ワインメーカーになること」を目指した。その夢を実現させるため学生ビザだけで渡米。運命に導かれるかのように、紆余曲折の醸造家としての道を進みはじめる。英語をまったくしゃべれない中、コミュニティカレッジでの時代を過ごして2年、醸造学で権威あるUC Davis(カリフォルニア大学デービス校)に編入が許される。

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