人口7割が「定職ナシ」でも不幸とは限らない 一方、「勤勉に働く日本人」は幸福なのか

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――日本では、義務教育、受験、就職、昇進……と、進むべきレールがある程度決まっていて、そこから外れると“ドロップアウトした人”のように見られることがありますが。

タンザニアの人たちは、小さいときから決まったレールがない。親はしょっちゅう引っ越しをするし、何歳になったら小学校に入る、という決まりもない。家庭の事情で休んでいたから、小学4年生をやり直す、みたいなこともある。一度働いてから、30代、40代になってから高校や大学に行くという人も多い。

小さなころからしっかり教育を受けて、努力して一直線の道を歩けば、順調でしっかりした人生が歩めるというわけではないことは、彼らにとって自明のことなんです。

よほどの大企業に入らないかぎり、将来を保障してくれる社会制度もなく、生活保護のような国によるセーフティネットもない。つまり、自分たちでなんとかしなくてはならないと思っています。

だからこそ、人間関係をとても重視しています。彼らは、困った人たちがいたらすぐ助ける。自分で編み出した商売上のコツも、教えてしまう。そうして力を貸し合って生きているので、知り合いの数が膨大に増えていき、1つの職をなくしても、知人の紹介で次の職にありつけることがある。

つまり、行き当たりばったりでチャレンジしていても、最終的にはどこかのだれかが助けてくれるかもしれないという、そういう意味での社会への信頼感はすごくある。

だから、彼らが日本に来たとき、「道に倒れている人がいても誰も助けない。冷たい国だ」と言っていました。日本人は、公からの保障が手厚くある代わりに、基本的に何をやっても「自己責任」という考え方をしますよね。困っている人を見つけても、きっと正当な手段を使ってどこかに助けを求めるだろうと、あえては助けない。

もちろん、だからタンザニアの人たちは幸せだ、と言っているわけではもちろんないんです。重病になったらどうするのか、など、不便なことは沢山ある。でも、どこか精神的に余裕をもっているように感じます。

毎日せこせこしている日本人は、何を恐れているのか

――将来について思い悩まないからこその、余裕でしょうか。

彼らを見ていると、毎日せこせこしている日本人はいったい何を恐れているのだろうか、と思う。私たちもしょせんは「その日暮らし」だと思うのですが、未来を確実に設計しようと思えば思うほど、どんどん不安になってくるのではないでしょうか。

かといって、未来を確実にしようという努力をしないと、真っ暗な未来が訪れるのかというとそうではないと思います。

先日、中古車販売業をしているパキスタン人と一緒にご飯を食べたのですが、彼も「日本人は不思議なくらい不幸せそうだ」と言っていました。パキスタン人に比べたら相対的にとても恵まれた環境に暮らしているのに、なんで不幸に見えるのでしょうか。

『「その日暮らし」の人類学――もう一つの資本主義経済――』(光文社新書)。書影をクリックすると、アマゾンのサイトにジャンプします

彼が言うには、「日本人は周りの人間関係や仕事のことばかり気にしながら暮らしている」と。

パキスタン人は、こうしたらもっと儲かるんじゃないか、こうしたら面白そうだ、ということを言っている。でも、彼は日本人の若者がチャレンジしないことにいたく不満をもっているんですね。

――小川さんは大学で教えていらっしゃいますが、学生さんたちもそうですか?

私は大学院生しか教えていないのですが、彼らはそもそもこの時代に文系の大学院に入ってくること自体がチャレンジングですよね。就職をせずに進学した人もそうですし、なかには仕事を辞めて「その年で大学院にやってきたのか!」みたいな人もいる。

彼らは「なんとかなる!」と思って大学院に入っているんですよ。でも、その根拠に確固としたものはない(笑)。

ただ私は、なんとかなると思うことに根拠はいらないと思っています。実感として、なんとかなると思っている人は実際にそうなっている人が多いんです。

印南 志帆 東洋経済 記者

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いんなみ しほ / Shiho Innami

早稲田大学大学院卒業後、東洋経済新報社に入社。流通・小売業界、総合電機業界などの担当記者、「東洋経済オンライン」編集部などを経て、現在は『週刊東洋経済』の巻頭特集を担当。過去に手がけた特集に「半導体 止まらぬ熱狂」「女性を伸ばす会社 潰す会社」「製薬 サバイバル」などがある。私生活では平安時代の歴史が好き。1児の親。

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