人口7割が「定職ナシ」でも不幸とは限らない 一方、「勤勉に働く日本人」は幸福なのか

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――小川さんは、こうしたインフォーマルセクターの人々の中でも、タンザニアで路上販売などをする「マチンガ」と呼ばれる零細商人の生活を研究してこられました。

「マチンガ」とは、英語の“Marching”(行進する)“guy”(男性)を由来とする造語です。もともとは行商人を指していましたが、行商人も1箇所に留まって商売することはあり、それ以外の零細商人を明確に区別することは難しいため、零細商人の大半がマチンガと総称されています。

彼らの仕事は、物を仕入れて、それを欲しい人がいる場所へ運び、売る、というもの。何か仕事を始めようと思ったとき、特殊な技術がなくとも手っ取り早く始められるのは、物を売ることなのです。

私がマチンガを研究対象にしたきっかけもそこにあります。もともとは、タンザニア都市部の徒弟制度を研究しようと、現地の大工さんの下で一緒に働かせてもらおうと思っていました。でも、女性である私は力仕事の役に立たなかった。そうこうしているうちに、道で行商をしているマチンガの人たちと仲良くなって、「物を売ることなら私にもできるぞ」と仲間に入れてもらいました(笑)。

零細商人でも、”一山当てる”のは夢じゃない

――彼らの中には、ともすれば正規の社員より稼ぎがいい人もいる?

食べていくのに精一杯という人がいる一方で、なかには事業に成功して、富を手にしている人もいます。

2013年にタンザニア政府の発表した統計データによれば、インフォーマルセクター従事者の得られる所得は、毎日食べて、寝るのに精一杯の金額です。

携帯電話会社などの大企業の最低月給が40万シリング(当時の為替レートで220ドル)であるのに対し、民間中小企業の正社員で20万~30万シリング、非正規社員になると、10万~15万シリング程度に下がる。そして、インフォーマルセクター従事者の多くは、よくて15万シリング程度しか獲得できません。

小川 さやか(おがわ さやか)/立命館大学大学院准教授(文化人類学) 1978年愛知県生まれ。専門は文化人類学、アフリカ研究。京都大学大学院アジア・アフリカ地域研究研究科博士課程単位取得退学。博士(地域研究)。日本学術振興会特別研究員、国立民族学博物館研究戦略センター機関研究員、同センター助教を経て、2013年より現職(撮影:筆者)

ただ、零細商人たちの中には、うまくやりさえすれば社会的な地位が高い企業の正規社員よりも、ましな生活ができるという信念があります。

彼らがよく使う言い回しに、「ネズミの道」というものがあります。これは広い意味で、小さいけれどもずる賢い動物とされている「ネズミ」の大群による商業の戦略を指す言葉で、「零細商人たちが大商人や政府よりもうまくやる」という意味で使われます。

私は今、香港に渡って行商をするタンザニアの零細商人を研究すべく、香港に滞在しています。そこで出会った商人たちの中には、ポケットマネーでコンテナ2台分の商品を購入して、売りさばいている人がいる。私などよりずっと稼いでいるだろうな(笑)。

――「零細商人」に対するイメージが変わってきますね。

そうですね。日本では、零細な商売をして職を転々としているというと、なんだか大変そうな人たちだ、という印象を持たれそうです。

もちろん彼らも、生きていくうえで大変なことはあると思うのですが、日々商売で成功するために新しいアイデアを試しては、失敗したり、成功したり。ある意味ベンチャー企業の社長みたいな気分でいるんです。

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