プロ野球「戦力外」あの松坂世代に訪れた現実

引退も現役続行のこだわりも重く尊い決断だ

11月12日、場所は思い出の地である甲子園。シート打撃で打者3人を封じた。しかし、ストレートの最速は140㎞/hに止まった。

「まだやりたいと思った。杉内、大輔も来年はやってくれる。自分も、もうひと花咲かせたい」。そう話す一方で、登板後の新垣の表情はどこか引き際を悟ったかのようにも見えた。葛藤があったのだろう。こんな言葉も口にした。

「この歳になってもまだまだ速い球を投げられるとアピールしたかった。思ったよりもガン(の表示)が出なくてちょっと悔しかったですけど、今、僕ができるピッチングはできたと思うので、もう良いかなと思っています」

11月いっぱいという期限を設けてNPB球団からのオファーを待つ方針だったが、同月28日、家族と相談して引退を決意。日本の独立リーグからの誘いはあったというが、NPBにこだわり、潔く身を引いた。

新垣は来季から古巣ソフトバンクで球団職員として再スタートを切る。

現役続行にこだわる久保裕也と加藤健

新垣同様、トライアウトに一縷の望みを託してマウンドに登った前横浜DeNAベイスターズの久保裕也も1980年生まれ。巨人時代は先発、中継ぎ、抑えとどんなポジションでもこなすユーティリティぶりを発揮し、10年にはセ・リーグ最多の79試合に登板した。

久保裕也の野球人生を懸けた戦いは続いている

だが、慢性的な股関節の痛みなどに苦しみ、2015年オフ、チームの戦力構想から外れて退団。DeNAに拾われたが、わずか9試合の登板に終わり、2年連続でクビを言い渡された。しかし、野球をしていない自分を頭の中で描くことはできず、「野球をやめる勇気もなかった」という。

トライアウトではヒットを1本許したが、2つの三振も奪った。力を出し切れたわけではなかったが、悔いはないと語った。

「色々考え出したらキリがなくなっちゃうので。とにかくやれることはやったつもりでいます。まだ野球をやりたいなと強く思っているし、声を掛けて頂ける球団があれば目一杯頑張りたいと思います」

12月に入り、一部報道によれば、久保の元には東北楽天ゴールデンイーグルスから来春キャンプでの入団テストの話が来ているという。野球人生を懸けた戦いはまだ続いている。

やはりトライアウトに参加し、久保からヒットを放ったのが前巨人の加藤健だ。阿部慎之助という大きな壁の前にレギュラーを掴むことはできなかったが、欠くことのできない「第二捕手」として長年チームを支え続けた。

久保とは同級生というだけなく、元チームメイト。だが、やりづらいなどとは言っていられなかった。戦力外を通達されたとき、球団からは来季のポストを用意していることも伝えられたが、それでも現役続行を模索することを選んだのだ。なんとしてでもアピールしたかった。加藤が心境を明かす。

「高校(新発田農)からプロに入って巨人一筋で18年やらせてもらって、そういう話も頂いて、本当に感謝の気持ちでいっぱいなんですけど、自分ではまだ出来ると思っていますし、1%でも確率があるなら勝負したい。1年でも長く勝負の世界にいたい。嫁さんが『悔いが残っているんだったら最後までやれば』と言ってくれたのも心強かったですね。

それに18歳で何もわからないままプロ野球という世界に飛び込んできてから、先のことを初めてみずからで選択できるんだなと思った自分もいたんです。本当にどうなるかわからないんですけど、自分で決めた道を全力で進んで行きたいです」

誰の人生も選択の積み重ねで続いていく。みずからの人生と真剣に向き合って下した彼らの決断は、それぞれに重く、尊く、人に訴えるものがある。(敬称略、文:鷲崎 文彦/スポーツライター)

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