出世の法則!ホンダ創業者は愛嬌の塊だった

宗一郎を取材した最後の記者が感じたこと

「5月中旬に、軽自動車のオープンカー『ビート』の発表を予定しているんだけど、正式な発表会の前におやじさんが来ることになっているんですよ。本人は『どうしてもビートを見たい。でも、記者が大勢集まる場所には出たくない』と言うから、両方をクリアするために発表会の前にこっそり、車を見に来る予定になっているんです」

広報部長のその話を聞いて、ありがたい提案だなと心から感謝しました。実は、記者として自動車業界をカバーしながら、すでに引退して久しい宗一郎に会うことはかなわず、不可能と諦めていたからです。

1991年5月15日、場所は都内のホテル。記者発表の1時間前に会場に現われる予定になっており、年甲斐もなく期待に胸膨らませてその時を待ちました。

と、裏のほうからドヤドヤと音がしたかと思うと、本田宗一郎本人が入ってきた。秘書らしい人に腕を抱えられながら、おぼつかない足取りで、ビートの前まで歩いてきました。写真や映像でしか見たことのない本人を目の前にして、「この人が世界のホンダの創業者か」と、あまりに平凡な感慨にふけったのを覚えています。

ゆっくりとビートの周りを一周し、「これはいいねぇ、若い人なんか……」と、ややかすれた声で話し、語尾は聞き取れませんでしたが、目だけはギラギラと輝いているのが印象的でした。

俺、負けちゃうな

新車のフロントをいかにも満足そうな表情で見つめていると、ちょっとしたハプニングがありました。研究所でエンジンテストをしている若い女性エンジニアが、上司から紹介され、宗一郎の前に進み出たのです。

その女性エンジニアの顔をじっと見ていた宗一郎は、にこっと顔をほころばせ、照れたようにひと言発しました。

「俺、負けちゃうな」それは、80歳を過ぎた老人のものとは思えない、実に可愛げのある表情でした。思わず漏らした「負けちゃうな」には、「これからは君たちの時代だ。あとは任せたよ」という、遺言に近い思いが込められていたように聞こえました。

女性エンジニアが、「握手させてください」と手を差し出すと、宗一郎はにこやかに応じ、二人はがっちり握手しました。

「ありがとうございます」感激の面持ちをそのままに、女性は深くお辞儀をしていました。

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