そんなトランプは、2004年から放映開始されたリアリティ・ショー『アプレンティス』を通じて、全米のお茶の間にその人物像を知られることになった。トランプの関連企業の役員の座を懸けて、応募者たちが争う姿を追ったこの番組でホストを務めた彼は、仕事をできない応募者を「お前はクビだ!(You're fired)」という決めゼリフで次々と切り捨て、人気を獲得したのだった。トランプの支持者が彼に抱く「口は悪いかもしれないけど仕事は猛烈に出来る」というイメージはこの番組が作り出したものだ。
人々がトランプに抱く「イメージ」の原点
だがこうしたイメージ自体、実は借り物である。現在は俳優として活躍するザ・ロックことドウェイン・ジョンソンも参戦していたWWEというプロレス興行会社がある。この会社のオーナー、ビンス・マクマホンこそが『アプレンティス』でのトランプの元ネタなのだ。ビンスは自ら〈悪のオーナー〉役でストーリーに積極的に絡むことで、プロレス・ファンから絶大な人気を博しているのだが、そこでの彼の決めゼリフこそが、所属レスラーに向かって放つ「You're fired」なのだ。熱心な共和党支持者であることから、妻、長男、長女、長女の夫で経営スタッフを固めていることまで、ビンスとトランプは怖いくらいよく似ている。
トランプは、2007年にWWEが開催した「バトル・オブ・ザ・ビリオネアーズ(億万長者対決)」と題されたイベントに出演したことがある。これは些細なことで仲違いしたビンスとトランプが、代理レスラーに試合をやらせて、負けた方が頭を剃られるという、バカバカしいにもほどがある出し物だった。負けたのは勿論ビンスの方で、泣き叫びながらツルッパゲになって絶賛を浴びたそうだが、トランプはこのイベントをきっかけに大観衆の前でパフォーマンスする快感に目覚めたのではないかと言われている。
確かに今回トランプは、注目される快感に浸りたいためだけに大統領選に出馬しているように見えた。完全に泡沫候補の発想である。アニメの『ザ・シンプソンズ』じゃあるまいし(2000年に放送されたエピソードで、トランプが大統領になったために、アメリカが多額の負債を抱えている未来が描かれた)と、ニュース・メディアは一挙一動を面白おかしく報道した。
むしろトランプの危険性を語っていたのはお笑い番組の方だった。『サタデー・ナイト・ライブ(SNL)』はトランプをホスト(ゲスト司会者)に招く一方で、白人至上主義者が支持者の中にいることをスケッチ(寸劇)内で何度もネタにした。秋からスタートした最新シーズンでは、トランプ役にアレック・ボールドウィンを起用して、異常性を暴いていた。『SNL』OBのセス・マイヤーズが司会を務める『レイト・ナイト』をはじめとするナイト・ショー(平日深夜のバラエティ帯番組)もこぞって切れ味鋭い批判を繰り広げた。
だが『アプレンティス』のナイーブな視聴者たちは、アメリカのCEOに就任したトランプが、彼ら言うところの〈エリート〉に「お前はクビだ」と言い渡してくれると夢想してしまったのである。
トランプに投票したのは〈エリート政治に怒ったアメリカの大衆〉とよく言われる。しかし大衆とは一体何者だろうか? 若者ではない。有色人種でもない。女性でもないだろう。要は高齢の白人男性である。