ゴルフの「キング」はビジネスでも帝王だった

故アーノルド・パーマーが開拓した新世界

パーマーがマスターズで最初に勝ったのが1958年。そして、1960年にマスターズで2度目の勝利を収め、その年のチェリーヒルズCCで行われた全米オープンでは、最終ラウンド65の猛チャージで12人をごぼう抜きし、7打差をひっくり返す大逆転劇で優勝をもぎ取った。その攻撃的な、ピンを果敢に狙うゴルフは、1960年代の幕開けを告げるヒーローを誕生させた。熱心なファンは「Arnie’s Army(アニーズ・アーミー)」と呼ばれ、パーマーを熱狂的に応援した。ちょうどマコーマックと手を結んだ時期とも一致する、新しいスポーツビジネスの始まりでもあった。

1960年代はテレビが急速に普及し、まさに時代が大きく動いた時でもある。1961年にはテレビ討論でニクソンを圧倒した若きケネディが大統領に就任し、ゴルフ界ではテレビ時代にふさわしいヒーロー、パーマーが誕生した。

「傘マーク」のパーマーブランドが人気に

テレビの普及台数は右肩上がりで、ゴルフトーナメント自体もテレビに合わせて変わり、そこで活躍するパーマーのゴルファーとしての商品価値はテレビによっていっそう際立つものになっていった。マコーマックと組んでパーマーの名をつけた会社を次々と設立していった。テレビ番組などを製作する「アーノルド・パーマー・エンタープライズ」「ゴルフチャンネル」「パーマーゴルフエクスポート」「コースデザイン」「アーノルド・パーマー・クリーニングセンター」……。

プロゴルファーとして際立った成績を上げるだけでなく、パーマー自身のブランド価値も高め、それを原動力に会社を立ち上げてパーマーブランドが世界に広がることとなる。あの有名な「傘マーク(斜めに傾いて赤、黄、白、緑の4色)」は1961年にできて、パーマーの名前とともに知られていった。日本ではレナウンがライセンス契約を結び、「傘マーク」のついたシャツや靴下を着た記憶のある人も多いと思う。現在でも、アジアを中心に大きな事業となっている。

また、パーマーはその人柄のよさも広く好感を持たれ、企業のブランド価値を高められるキャラクターとして多くのCMに出演してきた。今もYouTubeで探してみると、その映像を見ることができる。キャデラックやコカ・コーラ、航空会社などである。

テレビを通じての認知とトーナメント中継での活躍でパーマーは国民的スターとなり、誰もが知っていて誰からも愛されるゴルファーとなり、そればかりかスポーツマンの枠を超えたアメリカを代表する人とみなされるようになった。歴代の大統領であるアイゼンハワー、ニクソン、ブッシュ、レーガンらと友人関係を結び、「大統領自由勲章」と「議会名誉黄金勲章」の2つを受賞した唯一のゴルファーでもある。

パーマーがその生涯に稼いだ収入はフォーブス誌によると8億7500万ドル(約875億円)。パーマーとマコーマックが作ったIMGは、現在、年商16億ドル(約1600億円)と言われ、まさに新しいスポーツビジネスを創ったことになる。

時代が創ったヒーローとはいっても、アーノルド・パーマーだったからこそ成し得たことなのかもしれない。生涯の友であるマコーマックはその著書『ARNIE THE EVOLUTION OF A LEGEND』の中でパーマーについて、こう語っている。

「あふれるような人間的魅力に富んでいる、苦労性で道化物、大金持ちで借金嫌い、逆転勝ちが得意だが負けっぷりもまた鮮やか、コースに出れば攻撃的、私生活では石橋をたたいて渡る堅実な男、人気者でありながら生まれ故郷ラトローブを離れない、いやとは言えない人間、親切な男、素朴で正直で純真な人間、成功したにも関わらず少しも変わらない男」

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